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「職業・詩人」はわりとメジャー!?…垣間見える海外フリーランス事情に興味津々~映画「逃げた女」

日本で韓国の映画監督と言えば『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督が有名になりましたが、国際映画祭の常連として映画ファンによく知られる監督にホン・サンスがいます。

今月紹介する『逃げた女』(公開中)は、そのホン・サンス監督の作品です。

この映画、特に何も起こりません。主人公が女ともだち3人を訪ね、会話を交わす。その様子だけを淡々と捉えただけなのに、なんだかべらぼうに面白いのです。

女たちの会話劇を深読みする面白さ

主人公のガミ(キム・ミニ)は、翻訳家の夫の出張中に3人の女友だちを訪ねます。

最初に訪れるのは、ガミが「先輩」と呼ぶ中年女性ヨンスン。舞台の演出・脚本家であるらしき元夫と泥沼離婚し、購入したマンションに女友だちと一緒に暮らしています。

時折マンションの玄関の前にタバコを吸いにやってくる、隣に住む若い娘の相談にのってあげる。そのやり取りを、ガミは防犯カメラを通じて観察します。

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次に訪れるのは、やはりガミが「先輩」と呼ぶスヨン。ヨンスンよりちょっと若い、40歳前後とみられる独身女性です。貯金を元手にオシャレなマンションに引っ越したばかり。上の階に住む建築家の男性が気になっているのに、うっかり一夜を共にしてしまった若い男に付きまとわれて困っている様子。人生を謳歌しているように見えるスヨンに羨望のまなざしを向けるガミに、スヨンは「あなたは自分で稼ぐ必要ないから大丈夫」と言います。

3人目の女友だちは、カルチャーセンターに勤務している年の近いウジン。2人には過去にいろいろあったようで、ガミは偶然を装って会いに行きます。ウジンは、作家の夫が最近やたらテレビや講演会に出演してしゃべり過ぎることが気に入らない様子。2人のぎこちない会話から、ウジンの夫をめぐり、2人の間に何かあったことがうかがえます。

ひたすら続く会話の端々から、どうやら3人とも久しぶりの再会であることが分かります。なぜなのか? 彼女たちの関係を紐解いていくヒントが会話に散りばめられていて、飽きさせません。

終始聞き手に徹するガミが、3人の前で唯一繰り返し語るのが「夫とは1日も離れたことがない。結婚して5年で、離れるのは今回が初めて」という話。

久々に会う女友だちに向けたのろけなのか? 心から幸せなのか? 見栄なのか?

その真意をはかりかねながら見進めていくと、終盤でウジンが発する一言によってガミの言動と『逃げた女』というタイトルが線で結ばれ、ゾクゾクする瞬間が訪れます。

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インストラクターと詩人の謎

フリパラでこの作品をご紹介したのは、フリーランスとして仕事をしている2人目の友人、スヨンの羽振りの良さが気になったからです。

スヨンはダンサーのようですが、ピラティスインストラクターの仕事で生計を立てている設定。引っ越したマンションが「保証金5億ウォン(約5千万円)のところ、1億ウォン安くしてくれた」(※)とご満悦です。「インストラクター生活で10億ウォン以上(約1億円)貯金した」とか。韓国では以前からヨガやピラティスが人気だと聞いていましたが……そんなに儲かる?? 

どうしても気になったので、韓国映画研究、ライター、韓国語の通訳・翻訳などを手掛ける芳賀恵さんに聞いてみました。

「ヨガやピラティス講師の資格をとる人が増えているのは事実ですが、講師料は一般的には60分1コマで3000円ぐらいと日本さほど変わらず、大金をもらえる職業というわけではないと思います」と芳賀さん。

もしかして、スヨンはセレブ相手のインストラクターなのだろうか? 映画では、芸術関係者との人脈を開拓するため、芸術家たちが集まる飲み屋に通うつもりだと語るスヨン。なさそうな話ではありません。あるいは、監督のホン・サンスの身近にいるインストラクターが超カリスマなのか? いや、スヨンはずっと親と同居しながら節約&運用の鬼と化して貯金に励んできたのかもしれない……などなど同じフリーランスとして金策の手腕に興味津々。それはそれで楽しめます。

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芸術家といえば、スヨンに言い寄ってくる若い男が「詩人」というのも、詩集が売れる国・韓国ならでは。自身も「韓国に暮らし始めてすぐのころ、詩人から詩集をもらった」という芳賀さんによると、「作文(散文)が中心の日本の学校とは違い、韓国は学校で詩を暗唱したり書いたりする機会が非常に多いそうです。詩人を志すというのは、日本で作家を志すようなもの。だから“自称詩人”が大勢いる」そう。人生で「職業・詩人」という人に出会ったことがない私にはワンダーランドです。

異文化が味わえる映画やドラマは、やっぱり面白い。

映画を「見る」というより、読書に近い感覚が味わえる『逃げた女』。仕事で忙しい中、同じ映画を何度も見るというのはかなりハードルは高い行為ですが、77分と短いので、2度、3度と見ると新しい発見があると思います。

(※)韓国には「チョンセ」という家賃制度があり、契約の際にまとまった保証金を払えば月々の家賃を支払う必要がない。契約期間が終了すれば保証金は全額返金される。

『逃げた女』
6月11日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督・脚本・編集・音楽:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、ソン・ソンミ、キム・セビョク、イ・ユンミ、クォン・ヘヒョ、シン・ソクホ、ハ・ソングク
配給:ミモザフィルムズ
原題:도망친 여자 英題:THE WOMAN WHO RAN
韓国映画/2020年/77分
公式サイトはこちら 
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新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
Twitter:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/

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