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人口6.6万人の塩尻市の副業者募集にハイスペック人材が殺到して倍率50倍になった理由

多くの仕事がリモートでできると気づき、それなら副業や遠く離れた地域との関わりを始めてみようか、と考える人が増えています。

そんな世の中の流れより一足早く、長野県塩尻市では、2019年11月に期間限定かつリモートで力を貸してくれる副業人材の募集をはじめていました。これまでで8名の「特任CxO」が誕生し、それぞれの専門性を地域の課題解決に生かしてきました。

※CxO…「Chief X Officer」の略で、Xに入る専門領域の責任者。塩尻市の場合はスペシャリストの意でこの言葉を使用している

今回は、塩尻市役所で前例のない取り組みを始めた山田崇さん(企画政策部 地方創生推進課 係長)、横山暁一さん(地域おこし協力隊/パーソルキャリア)と、特任CMOとして活動する関口憲義さん(損害保険ジャパン株式会社 執行役員待遇マーケティング部長)にお話を伺いました。

ベテランマーケッターに「これは応募するしかない!」と思わせた3つの“限定”条件

——今回の取り組みで、最初に募集したのは特任CMO(最高マーケティング責任者)と特任CHRO(最高人事責任者)だと聞きました。なぜその2つの役割だったのでしょう?

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(上段中央:横山さん、下段左:山田さん、下段右:関口さん)

横山:私は地域おこし協力隊(都市部から地方に移住し、各自治体の委嘱を受けて地域おこし等の活動に従事する仕事)として塩尻市と塩尻商工会議所に所属し、中小企業のPRや人材獲得の課題に取り組んでいます。

その課題解決の方法のひとつが、副業人材の活用です。また、全国の地域おこし協力隊がより高いアウトプットを出すためのチャレンジとして、協力隊が使える予算で外部のハイクラス人材と協働するということにチャレンジしたいと考えていました。

一方、山田さんは、塩尻市のブランド戦略・アクションプランの立案が最も大きなテーマのひとつでしたが、ここに専門的な知見を持った人に入っていただきたいという思いがありました。

2019年11月に、副業人材の活用を山田さんと私で担当することになったので、私たちにとって一番必要なポジションを募集することにしたんです。私の場合は、中小企業における副業人材活用に一緒に取り組んでくださる特任CHRO、山田さんは特任CMOでした。

どちらも3ヶ月間の業務委託リモートワークOK副業として取り組んでいただくという条件を提示しました。

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(2019年11月に公開された特任CMOと特任CHROの募集ページより抜粋)

——求人ページでも山田さんと横山さんがそれぞれご自分のミッションを語っていらっしゃるのが印象的ですね。

山田:求人ページについては、2つのことを大事にしました。ひとつは「業務委託感を出さないこと」。「作業をやってほしい」ということではないですからね。もう一つは「腕まくりしてでもやりたいと思ってもらうこと」。お金じゃなくて、「これを解決したら全国1741の地方自治体で初めてのことができるかもしれない」とか、「全国に5000人いる地域おこし協力隊の活動が変わるかもしれない」とか、そういう可能性を感じてもらえるか。「あなたに頼みたいことがあるんだ」という、いわばラブレターとして書きました。

——さすが、元ナンパ師!(※山田さんは「元ナンパ師の公務員」を自称していらっしゃいます)
関口さんは、どのようにして塩尻市の副業人材募集を知ったのですか?

関口:Facebookで誰かがシェアしているのを見たんです。

——最初にどのような印象を持ちましたか?

関口:「これならできるな」と思いましたね。

私はもともとブランド屋でマーケティング屋なものですから、自分のナレッジやスキルを何らかの形で地方創生に役立てられないかという問題意識がずっとあったんです。とは言え、一歩踏み出すのが難しい部分もあって。例えば地域おこし協力隊に入るかというと、好きでやっている本業を投げうって100%地域の活性化に捧げるのは難しいですよね。

ところが今回のお話は、期間限定、リモート限定、副業限定という3つの限定がついていて非常に魅力的でした。「これは応募するしかない!」という感じで、見たその日にアプリケーションを書いて応募ボタンをポチッと押したわけです。

——塩尻のことをご存知だったんですか?

関口:実は塩尻とは縁もゆかりもありません。これは私の持論ですが、日本という国の風土や歴史、文化は素晴らしいもので、どんなところでも切り取り方次第で非常に魅力を増す可能性があるはずです。だから、どこでもできると思っていたんですよ。

先進的な取り組みが100名以上の人材を惹きつけた

——このときの応募者は100名を超えたそうですね。

横山:全国から103名の方に応募頂きました。

山田:感覚的には、(同じように地域外から人材を募集する)地域おこし協力隊の10倍くらい来てます。転職も移住もせず、副業で短期間でできるということで、選択肢が増えたんだと思います。

——その方たちに共通する点などはありましたか?

山田:関口さんのお話からも分かるように、塩尻に関心があるというよりは地方創生や持続可能なまちづくりといった新しい取り組みに挑戦できる地域という点に興味をもっていただけたのが大きかったな、と思います。

横山:私と山田さんで手分けして、応募してくださったほとんどの方と電話などでお話をさせていただきました。本当に多種多様でご経験も豊富な方々でしたが、その3割くらいは山田さんのお知り合いや、塩尻市が継続的に実施している「MICHIKARA」(地方課題の解決のため、民間企業と地方自治体が短期間の協働で実現度の高い政策立案を行うプログラム)に興味関心を持ってくださった方でした。それ以外の3割は長野県にゆかりがあったり「実は塩尻出身です」という方で、残りの4割がこれまで塩尻と縁のなかった方々でした。どこかの地方自治体に関して課題を感じている方や、塩尻で事例を作ってほかの地域に持ち帰りたいといった方がたくさんいらっしゃいましたね。

山田:関口さんのように企業の役員クラスで、平日も自分の裁量で時間を作れるような人たちがたくさんいたことも驚きでした。あとは副業するのに申請のいらない先進的な企業の社員やフリーランス、会社経営の方々も想像以上に応募してくれました。中には「受かったら会社に申請しなきゃいけないんです」という方もいて、「なるほど、まだまだそういう会社が多いのか」とか、こちらのマーケティングにもなりましたね。

横山:当時、自治体として副業人材を募集するのは奈良県生駒市や福井県などに続いて全国で5番目くらいのスピード感だったと思います。そういう意味では、強い思いを持って先進的に取り組んでいる自治体に関わることで何かを得たいという方がかなりいらっしゃいました。

——先行者として取り組むことで、新しいことにいち早く挑戦しようという優秀な人たちを惹きつけたんですね。

地域を知らない“よそ者”の視点が受け入れられた理由

——人選のポイントはなんでしたか?

山田:バイアスがない、つまり塩尻を初めて見る人からの視点で、塩尻の可能性を考えてくれる方、というのが私たちが求めたことです。

横山:もともと関係性のある方々が改めて塩尻に関わりたいと言ってくださったのも大変ありがたかったのですが、せっかくであればフラットな目線で塩尻を見られる方に来ていただこうと考えました。それで、最初のお二人は東京生まれ東京育ちで、塩尻とのご縁が全くなかった方になったんです。

——その地域を知らないからこそ見えるものがありますよね。一方で、“よそ者”がやってくると「何も知らないで勝手なことを言って」という反応が返ってくることもあるのでは?

山田:塩尻では2015年度から「MICHIKARA」もやってますし、そういう雰囲気はないんじゃないでしょうか。

関口:塩尻の皆さんが私たちのことを受容しやすいような環境を、山田さんを始めとする地方創生推進に関わる方々が作ってこられたのだと思いますよ。

それと、私は市役所の名刺を持って市役所の人間として動いています。外から入って好き勝手やるのではなく、「中の人」として皆さんと一緒に地域課題を解決していきたいというスタンスで取り組ませていただいている。そこがポイントだと思いますね。

以前広告代理店に勤務していたこともあり、地域活性化の仕事を請け負うこともありました。そういうときの予算規模というのは、広告代理店やコンサルティングファームが通常請け負う仕事の規模と比べて一桁小さいんですよ。自治体にとっては貴重な予算ですが、広告代理店やコンサルの側は「この予算でできるのはこのレベル」という感覚があります。どうしても、期待されるものと提供できるソリューションとに齟齬が発生することがあるんですね。

今回の制度はその問題点を見事にクリアしています。期間限定でかつ副業ということで、コンサルティングファームが考えているようなビジネススケールとは関係ないレベルで、個人の意志で受けられますからね。

——会社として請け負うという立場ではなくインサイダー、チームの一員になれるというところが、お互いにやりやすいポイントなのですね。

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(左から2人目より、横山さん、CHROの田口弦矢さん、CMOの関口さん、山田さん)

週1回のミーティング、プロとしてのアドバイスで「この戦略で行ける!」と確信が持てた

——募集要項に、報酬は「月額10万円+塩尻市内の全17のワイナリーから特別にセレクトしたスペシャルワインセット」とありました。これは関口さんにとってどのような意味がありましたか?

関口:本音を言うと、金額はあまり気にしていませんでした。ワインはすごく嬉しかったです(笑)。

——ワインから塩尻のことを知るというのもいいですよね。Web会議が中心で、稼働日数は月4日以内という記載がありますが、実際にはどのくらい時間を使いましたか?

関口:基本的には週に1時間の会議です。その間にお互いに資料を用意したりということはありますが。

山田:オンラインで話すのが週1時間くらいで、それ以外に週4時間くらい使っていただいた感じです。本当はもっと時間が必要かと思っていたのですが、リモートだと効率がよくて、短い時間でもかなりのことができましたよ。

——業務内容やミッションはどのように定義して依頼し、どんな成果が生まれたのでしょうか?

山田:募集要項のCMOのミッションには「塩尻市の『地域ブランド』確立のために、地方創生推進課で行ってきた実績を整理し、プロモーションを視野に入れたブランド戦略・アクションプランの立案」と書いています。

具体的には、塩尻市が2015年度から9年間の「第5次塩尻市総合計画」のもとでやってきたことを、全て赤裸々に関口さんにお話しました。その上で、総合計画の最終期間となる次の3年間のシティプロモーション戦略のアクションプランについて、マーケティングのプロとしてアドバイスをいただきました。それを3ヵ月間の最後の報告会で副市長に向けて説明していただいたのが一つの成果となりました。

これまで我々としては「間違いない」と言えることをやってきたつもりですが、やはり正解がないものですから、暗闇の中を進んでいくような感覚もあったんです。関口さんに「マーケティングの視点でも大丈夫ですよ」とか「他の自治体や民間企業と比べても自信を持っていいですよ」と背中を押していただけたということが、とても支えになりました。関口さんの伴走があったから、この仮説でまずはやってみようと思えました。

もうひとつ、後輩の育成という面でも関口さんの存在は大きかったです。最初の3ヵ月が終わってからも、毎週の課のミーティングや2週に1度くらいで行っているアクションプランづくりのミーティングにもリモートで参加してもらっているんです。そこで、これからの市政を担う若手人材のメンターとして関わっていただいています。

もう自治体の職員だけでまちの未来を考えられるフェーズではない

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―—リモートでのやり取りに問題はありませんでしたか?

山田:5年前から「MICHIKARA」でリモートのコミュニケーションをやっていますからね。首都圏の方々とどうやって共創していくかということについては、コロナ以前から、土台を作ってきました。

関口:そういう意味では、リモートでやることにお互いアレルギーがなかったのが良かったのかもしれません。私の前職は外資系で、テレビ会議で話をして進めるというカルチャーが以前からありましたので。

——副業人材を活用したくても、リモートでの協業にハードルを感じる自治体もありそうです。

山田:その点に関してはハッキリ言わせてもらいたいのですが、「他の自治体が作った正解を真似すればいい」という姿勢の自治体職員では到底できないことだと思いますよ。人口減少や人生100年時代というのは、ここ100年や200年を見ても誰も経験してこなかったことなんですよ。まずは自分たちの目でその状況を正しく捉える必要があります。現場を見て、その中で自分たちのありたい姿を考えて計画や戦略を考え、今いる地点からゴールに向かってギャップを埋めていくんです。地方はもう、「正解があるからやる」というフェーズじゃないですよね。

——正解を自分たちで模索して切り開いていくしかないと。

山田:そうです。危機感が一歩踏み出す決断につながるんです。塩尻の自治体職員は、住民120人に1人の割合しかいないんですよ。それだけの集団でまちの未来なんて考えられないでしょう。だから関口さんのような外の視点や民間企業の経験のある人達が必要です。地域おこし協力隊で来てくれた横山もそうですね。そういう人たちと一緒に目の前で起きていることを見て、いろいろ試しながら最適解を見つけていくということを最速でやらなきゃいけない、そういうフェーズに入っていると思います。

——リモートや副業などの新しい働き方を取り入れ、成果を出せているのは、強い危機感のもとで確固たる必然性を感じているからこそであることがよく分かりました。これは自治体に限らず、地方の企業にとっても同様だと感じます。参考になるお話を、ありがとうございました。

やつづかえり
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年に組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』開始。『くらしと仕事』編集長(2016〜2018.3)。Yahoo!ニュース(個人)オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、ICT、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。著書に『本気で社員を幸せにする会社』(2019年、日本実業出版社)。

やつづかさんPH

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