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ジャガイモのために解雇された料理人のレストラン開業物語には「仕事をつくる」ヒントが満載~映画「デリシュ!」

コロナ禍を経て、久しぶりの街に行くと並んでいる飲食店の様子ががらりと変わっていたりします。まるっきり新しい店に入れ替わっているところもあれば、リニューアルしたり、新しいサービスを始めていたり。そこには新たなニーズに応えるための創意工夫や、顧客開拓のための試みが垣間見えます。

飲食店に限らず、たとえば筆者のようなライター業でも、顧客からの依頼を待っているだけでは先々心もとない。ある程度経験を積んだら自分から仕事を作る努力が必要だと感じるので、他人事とは思えません。

今回ご紹介する『デリシュ!』は、美食の国・フランスで初のレストランを開業した料理人の物語。新しく事業を始めたいと考えている人なら、思わず「だよね」と共感するポイントがいっぱいです。

<story>
1789年のフランス。宮廷料理人のマンスロンは、雇い主である公爵においしい料理を作るため、日夜厨房で奮闘していました。マンスロンに求められるのは、“公爵が命じた料理を言われたとおり作る”こと。ある日、貴族たちが集る食事会に、独断でジャガイモとトリュフを使った創作料理「デリシュ」を出したマンスロンは、貴族たちからこっぴどく批難・嘲笑されてしまい、公爵から料理長を解任されます。

息子とともに田舎の旅籠(はたご)に身を寄せたマンスロン。失意の彼のもとに、弟子入りを希望する謎めいた女性ルイーズが訪れます。彼女に料理を教える中で、貴族だけでなく、軍人でも農民でも、誰もが食事を楽しめる世界初のレストランを始めたところ、店は大繁盛。しかし、その評判は新しい料理長探しに苦労していた公爵の耳にも届いてしまい……。

まるで「社畜」な宮廷料理人が、「起業で成功」したワケ

映画の舞台となる革命前夜のフランスでは、料理は貴族たちのものであり、大衆のものではないとされていました。庶民は、ただ腹を満たすために、パンやスープを摂取していればいいのだと。傲慢な公爵は、楽しみ方を知らない庶民にいい料理はもったいないと言い放ちます。大皿に盛られた食べきれない量のご馳走を前に、バカ話に興じる貴族たちを「ホントに料理を味わってるのか?」とでも言いたげなマンスロンの死んだ目が印象的。不平不満は口にせず、雇い主の命令に従い続ける“社畜”のようです。一方、自分のレストランでは、本当に作りたい、おいしい料理を出せる。当然、腕が鳴ります。

そんな料理人のモチベーションのほかにも、この世界初のレストランの開業物語には、起業の成功要因がいろいろ。

まず、需要をうまくとらえたことが挙げられます。料理は庶民のものではないとされた時代。わざわざお金を出して庶民が食事をしに来るだろうか? 絶対繁盛しないだろうと、最初はマンスロン自身も半信半疑でした。でも、おいしいものに人はお金を払うし、貧しい人には提供する量を減らして料金を安くすればいいというルイーズの助言に従うと、これが大当たり。庭にまで並べたテーブルは、あらゆる階層のお客で埋まり、誰もが食べたい料理を食べたいだけ注文して楽しむ空間ができあがったのです。

次に、常識にとらわれないこと。そもそもマンスロンが宮廷を追われた原因は、ジャガイモとトリュフの重ね焼き「デリシュ」を作ったことでした。当時のフランスでは、ジャガイモやトリュフは地中に埋まった悪魔の食べ物であり、ハンセン病など病気の源だと信じられるなど、忌み嫌われる植物でした。しかし、某ファストフード店でポテトのMサイズが買えなくなるとニュースになるほど、今では世界中で愛されているジャガイモですよ。トリュフを重ね、バターたっぷりの生地で包んだ「デリシュ」がマズいわけがない。貴族の好みに合わせた料理だけ作っていては生まれなかった一品です。
マンスロンのこだわりは、食材の味を知り、素材を生かした料理に仕上げること。フランスでジャガイモが認められるまで、この後まだ100年ほどかかったそうですが、先入観や批判に流されず、その可能性をいち早く認め、「おいしいものを提供する」という信念に従って常識を打ち破ったのです。

「ご近所付き合い」も抜かりなく


マンスロンという人は、料理一筋、頑固一徹な気難しい大男に見えるのですが、実はなかなか観察眼の鋭い細やかな人で、物事がよく見えています。たとえば、庭に置いてあったパンを、周辺の村の貧しい子供たちが盗んでも見逃します。それは強盗に入られたり焼き討ちに遭わないよう「平和を買っている」のであり、農民が小麦を持ってくれば、パンを焼いてあげたりもする。やがて、レストランが軌道にのると、その貧しい少女たちは、店の給仕を手伝ってくれるようになります。

そこで思い出しました。筆者の妹は田舎でカフェ経営をしています。オープン前、いわゆる「プレオープン」を行い、近所の方々を無料で食事に招待していて、田舎暮らしの経験のない私は当時、えらい太っ腹だなと思ったものです。だけど、この映画を見て、改めて納得しました。田舎なので、車で来られるお客様がご近所の家の前に駐車するかもしれないし、見慣れない人が周辺を散策するようになるかもしれない。都会の店舗なら試験営業的な意味合いが大きいプレオープンも、田舎では、そこでやっていくための「ご挨拶」。マンスロンは自然とそんな配慮もできるタイプでした。

『デリシュ!』で見つかる開業のヒントをいくつか紹介しましたが、まずは細かいことを忘れて、バターの香りが漂ってくるような料理の数々と、美しいフランスの田園風景を目で楽しんでいただければと思います。食欲の秋。ダイエット中の鑑賞には不向きかも?

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『デリシュ!』
9月2日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開
配給:彩プロ
公式サイト:https://delicieux.ayapro.ne.jp/

©︎2020 NORD-OUEST FILMS―SND GROUE M6ーFRANCE 3 CINÉMA―AUVERGNE-RHôNE-ALPES CINÉMA―ALTÉMIS PRODUCTIONS

新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
Twitter:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/

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