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「やりたいことを仕事にする」には罠がある!? 法政大・石山教授に聞く「楽しく仕事をする方法」

2021年秋、「今日の仕事は、楽しみですか」という広告コピーに批判の声があがり、掲載が取り止めになるという出来事がありました。ネガティブな印象を抱くその背景は、人により様々だと思いますが、少なくとも今の日本は、「仕事が楽しみ」と即答できる社会ではないのでしょう。

実際に、仕事に対してのポジティブで充実した心理状態を示す「ワークエンゲージメント」を国際比較すると、日本は他国に比べてスコアが低いという調査もあります。

ところが日本でも、フリーランスは会社員に比べてワークエンゲージメントのスコアが高く、欧米と同等レベルである…そんな研究があるそうなのです。

フリーランスであれば、「仕事を楽しみ」として、ポジティブに働ける…?

詳しいお話を、研究に携わった法政大学大学院 政策創造研究科の石山恒貴先生にお伺いしました。

フリーランスは会社員より、熱意を持って働いている?

ーー日本のフリーランスは、海外と比較しても劣らないほどワークエンゲージメントのスコアが高いと聞きました。そもそもワークエンゲージメントとは何なのでしょうか。

石山恒貴さん(以下、石山) 簡単にいうと、「仕事そのものへの熱意」ですね。会社や組織、職種に対する熱意や愛着ではなく、「仕事そのものへの熱意」ということがポイントになります。だから例えば、「自分の所属する会社にはすごく誇りを持っているけど、仕事そのものは辛い」という状況であれば、ワークエンゲージメントは低いということになります。

具体的には、「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」「自分の仕事に誇りを感じる」などの9つの質問に対して点数をつけてもらい、スコアを出します。

ーー石山さんの研究では、「日本のフリーランスはワークエンゲージメントが高い」という結果が出たというお話でした。

石山 はい。今回の研究では、日本の会社員が2.42、フリーランスは4.00という得点になりました(研究の詳細はコチラ)。欧米のスコアは4.0前後くらいになることが多いので、フリーランスの4.00は欧米と比較しても遜色ない結果です。「日本は欧米に比べてワークエンゲージメントが低い」と言われていましたが、「日本は」というより、「日本の会社員は」ワークエンゲージメントが低いと言える思います。

※石山先生の研究を元に編集部にて作成

ーーなるほど…フリーランスの自分としては嬉しい面もありますが、日本全体としてワークエンゲージメントは高くなってほしいですね。どうしてフリーランスの方がスコアが高くなったとお考えですか?

石山 今回の研究では、ワークエンゲージメントを左右する原因として「仕事に対する創造性」「仕事に対する専門性」「キャリア自律」の3つを設定しました。「個人がキャリア自律を可能にすることによって、主体的に仕事を創造し、自分の専門性を高め続ける」…この状態になることができれば、ワークエンゲージメントも高まる。この構造自体は会社員でもフリーランスでも変わらないのですが、それぞれのスコアでフリーランスの方が高かったのです。

ーーフリーランスの方が「仕事を主体的に創造」していて、「仕事に対する専門性を高める」ことはイメージがしやすいです。「キャリア自律」とはどういうことでしょうか。

石山 「じりつ」という言葉には「自立」と「自律」の2つがあります。「自立」の方は一人前になるとか、経済的に独り立ちするという意味ですよね。一方の「自律」は読んで字の如く、「自分を律する」こと。そして、キャリア自律が何に沿って自分を律するかというと、自分自身の価値観なんです。自分らしい価値観を自分で把握した上で、その価値観に沿って変化に対応しながら、自分で主体的にキャリアを進めていくのがキャリア自律なんです。

「やりたいことを仕事にする」にも罠がある

ーーでは例えば、「会社に言われたからとりあえずやりたくない仕事をやっている」という状況はキャリア自律ができていない、ということなのでしょうか。

石山 もちろん仕事においては、時にはやりたくないことをしなければいけませんし、それが良い経験になることもあります。しかし、ずっとその状態が続き、また、それを当たり前としてしまうと問題です。例えば、たまたま銀行に就職してしまった人が、本来は「銀行で働いている人とは違った価値観」を持っていたとします。でも最初は銀行で働くことに違和感を感じていたとしても、10年くらい頑張って働いていたら、やっぱりそれなりに銀行の仕事ができるようになる。そうすると、「自分は銀行員らしい価値観を持っていたんだな」と誤解してしまう、ということが起こるんです。

あるいは、一つの企業に長くいて、自分の思いとは別に異動させられるという経験を長くしていると、やりたいことを自己主張することはわがままで、やるべきことを粛々とこなすのが仕事だという価値観になってしまう。

ーー「やりたくないことでもがんばる、それが仕事」、そう考えてる人は多そうです。

石山 でもその状態ではやっぱり、ワークエンゲージメントは低くなりますよね。

そしてそうやって騙し騙し仕事していると、ミドルシニア世代になって新しいキャリアを考えようとしても、「今更やりたいことなんてない、そもそも仕事はやるべきことをやるものであって、やりたいことなんて考えちゃいけないんだ」などと言って身動きとれなくなる…なんてことが起こるわけです。

ただ一方で、「やりたいことを仕事にするべき」という考えにも罠があります。

ーーどういうことでしょう。

石山 「やりたいこと」をすごく狭く捉えすぎると、それが叶わないリスクも高くなるし、叶わなかったときに仕事への熱意を失ってしまうからです。「弁護士の仕事がしたい」人が、試験に落ち続けてしまう。あるいは、「商社で海外事業を担当したい」人が、希望外の部署に異動になってしまう。どれもよくあることですし、仕事って結局、自分の力ではどうにもならない部分があるものです。

「やりたいこと」を考えるときは、「弁護士になりたい」といった職種固定ではなく、それをやっていると楽しいと感じられること、自分らしくいられることをベースにするといいと思います。例えば現在WEBデザインの仕事をしているとして、自分は「デザインのスキルを通じて、社会課題を解決するのが楽しい」のか、「目の前のクライアントの思いを形にして喜んでもらうのが楽しい」のか、もしくは、「新しい知識を学んで、それを作品に生かすのが楽しい」のか。自分の価値観はどこにあるのかを自分で把握しておく。そうすると、仮に「WEBデザイナー」という職がなくなってしまっても、自分の価値観を大事にしながら、その価値観に合う別の仕事を見つけることができると思うんです。

そうやって、自分らしい価値観を自分で把握した上で、その価値観に沿って変化に対応しながら、自分で主体的にキャリアを進めていくのが、まさにキャリア自律なんです。

キャリア自律ができていれば、自分の価値観に沿うように仕事の専門性も高まりますし、目の前の仕事に対しても、自分の価値観に沿うよう再定義することもできる。そうなるとワークエンゲージメントも高くなります。

「越境学習」で、自分自身の価値観を発見する

ーーフリーランスの場合、自分の価値観に合う仕事を選ぶことができるし、逆に合わない仕事は受けない、という選択もできる。もちろん、お金を稼がなくてはいけないので、すべてがうまく合致することばかりではないでしょうが、それでも自分の価値観に寄せていきやすいだろうな、と思います。逆に会社員など、組織のなかで働いている人はどうすればよいのでしょうか。

石山 まず、会社員など組織の中で働いているけれど、自分の価値観を自分で把握できている、やりたいことがわかっている人の場合は、とてもシンプルなのですが、それを周りの人に言うことが大事です。

以前、転職の研究をしていたときに、自分の望む転職ができて、イキイキ働いている人たちにインタビューしたことがありました。その人たちにはある共通点があって、それは、「嫌な人事異動をしたことがない」こと。実はその人たちは、普段から上司や周囲の人に、「次はこんな仕事に興味がある、こんなプロジェクトをやりたい」と言い続けていたそうなんです。そうすることで、大体希望通りの異動が叶うと言っていました。もちろん現実では、必ず望み通りになることはないでしょうが、それでも何もしないよりはグッと確率が上がるでしょうね。

私も会社員時代、配属された人事部の仕事に興味が持てず、やる気もなく悶々としていた時期がありました。あるとき、キャリアワークショップのために来社していたアメリカの方に、「石山さんは仕事が楽しくないようだけど、元々は何がやりたかったの?」って聞かれたんです。それで、自分が元々は書くことが好きだったこと、小説家になりたかったことを話したら、「人事部の中にも書く仕事はありますよね」と言われて。人事部の仕事の中でも、書く仕事を増やせるよう動いてみたらどうですかとアドバイスされ、なるほどなぁと納得したんです。それから、職場の中でも、書くことにまつわる仕事を率先してやるようにしました。すると今度は、当時の上司が社会人大学を勧めてくれて通い始めて、そこで論文を書くのに目覚めて…と、どんどんキャリアチェンジして今に至る…ということがありました。

ーー石山さんにそんな過去があったとは…。

石山 やりたいこととか、自分の価値観がはっきりしてるのであれば、今の環境でできることを小さくてもいいから始めたり、周囲の人に思いをポジティブに話してみる、そんなことでも変わるきっかけになると思います。

ーーやりたいことや価値観がわからない、という人の場合はどうでしょうか?

石山 いろんな方法があります。例えば、キャリアカウンセラーにセッションを依頼し、対話を繰り返す中で、「自分とは」「自分の価値観とは何か」を再構築していくとか。

そのほか、私が会社員に勧めているのは「越境学習」ですホームである自分の会社から離れ、アウェイに身を置いてみることで、普段と違う自分を知ることができ、自分の軸や価値観がわかりやすくなるんです。アウェイの具体例としては、異なる環境での業務、ワーケーション、複業、プロボノ、社会人大学、それから育児休業もいいと思います。いつもの仕事から離れて家庭生活に一生懸命取り組むことで、自分の軸や価値観が見えてくる。そうして見つけた自分の軸に沿って、自らキャリアを選択できるよう動ければ、ワークエンゲージメントも高まっていくはずです。

ーーフリーランスであっても、意識的に初めての仕事に挑戦したり、学びの場を複数持つことで、自分の価値観を再確認できそうですね。本日はありがとうございました。

石山 恒貴
法政大学大学院政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。
一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア開発、人的資源管理等が研究領域。
日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、人事実践科学会議共同代表、一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会顧問、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー。
主な著書:『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社、2020年)『地域とゆるくつながろう』(共著、静岡新聞社、2019年)『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年)


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