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不況で町がなくなったら流浪のワーカーはどう生きる?~映画『ノマドランド』

2021年2月28日(現地時間)に発表されたゴールデン・グローブ賞2021で、作品賞を受賞した『ノマドランド』

ノマドという時代のキーワードを扱った内容もさることながら、クロエ・ジャオ監督がアジア系女性として初めて監督賞を受賞したこともニュースになりました。そんな今一番の注目作が3月26日に日本公開を迎えます。

住んでいる町が不況で消えた!

主人公は60代の女性ファーン。アメリカ・ネバダ州の石膏採掘とその加工で栄えた町で長年暮らしていましたが、不況で町が丸ごと(!)消失してしまい、同時期に夫も亡くなってしまったことで、現代の遊牧民(ノマド)として旅をしながら生きることを決意します。

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ファーンは亡き夫や少女時代の思い出が詰まったキャンピングカーに乗り、Amazonの巨大倉庫などの季節労働の現場を渡り歩きます。

広大なアメリカをキャンピングカーで旅しながら、美しい自然を楽しみ、働きたい時に働く――悠々自適に見えますが、いくらモラトリアム期が長くて放浪癖がある筆者でも、さすがにそんな日々がパラダイスでないことは分かります

冬の車上暮らしは骨身に応えるし、衛生問題や安全対策など、いろいろなライフハックが必要。定住生活のほうが余程気楽だと思えますが、ノマドたちは旅を続けます。

社会からこぼれ落ちた高齢者たち

映画の原作は、「ノマド 漂流する高齢労働者たち」(ジェシカ・ブルーダー著、春秋社刊)というノンフィクション。経済的事情でリタイアすることもできず、車上生活をしながら過酷な労働現場を渡り歩いている高齢者たちの実態に迫ったルポルタージュです。

つまり映画に登場するノマドの多くは、社会のシステムからこぼれ落ちてしまった人々。キャンプ地で彼らの口から語られる経験談からは、皆、何かしら過去に失敗や悲しい別れを経験し、喪失感を抱えて旅に出たことが見えてきます。

劇中、「年金だけでは暮らせないし、ずっと働いていたい」とファーンは言います。

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馬車馬のように働いても受け取れる公的年金の少なさにバカらしくなり、「働きバチは辞めた」と語る人も。

『ノマドランド』が描くのは、新しいライフスタイルへの礼賛ではありません。経済問題であり、旅をしながら死ぬまで働き続ける高齢者のノマドが特殊なグループではなく、既に当たり前に存在している今とこれからのアメリカの風景なのです。

どう生きて、どう死にたいのか?

徐々に明らかになるのですが、ファーンたちには、親戚の家に身を寄せるなど、定住するなり、経済的に余裕のある暮らしをするチョイスもあったのです。

でもファーンは、思い出を胸に旅を続け、働き続けることを選んだ
自らを「ホームレス」ではなく「ハウスレス」と言い、愛車に「ヴァンガード(先駆者)」という名を付けた。
強いられたのではなく、その生き方を選んだという矜持がある。 

生きることは厳しいことだが、それを楽しめているか?
あくせく働くばかりで、自分にとって大事なことを見失っていないか?
働き方を自らデザインできるフリーランスだからこそ、どう生きて、どう死にたいかも真剣に考えておきたい
私はそんなことを考えながら、約2時間ファーンたちと旅をしました。

監督のクロエ・ジャオは中国・北京出身。10代で米国に渡って映画を学び、監督2作目の『ザ・ライダー』(2017年4月5日までネットフリックスにて配信中)で数多くの映画賞に輝いた新鋭で、マーベル・スタジオの最新作『エターナルズ(原題)』の監督にも大抜擢されています。

「だから東洋的」とカテゴライズするのは短絡的ですが、ノマドとして生きるファーンが、他者とつながり、自然の一部であることを意識する中で自分を見つめ直していく演出が、どこかアジア人の情緒にはまります。広大なアメリカの大自然の美しく猛々しい映像も相まって忘れられない余韻を残します。

『ノマドランド』
2021年3月26日(金)より全国公開
監督・脚本:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ ほか
原題:Nomadland
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイトはこちら
(C) 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
Twitter:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/

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