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先生!この契約、結んでもいいですか?~フリーランスの契約事件簿

第1回 「私、本当にフリーランスなんでしょうか」


ビジネス街の中、一本の路地を入ったところにひっそりと佇むバー「Legal」。この店は、契約に悩みを抱えるフリーランスが夜な夜な集まることで知られている。どうやらそこには、フリーランスの悩みごとに答えるさすらいの弁護士がいるという――。

「マスター、今日はモヒートで」

その日、バーに訪れたのはフリーランスのWebデザイナーであるアサミだった。バーボングラスを傾けている男に、アサミはおもむろに話しかけた。

「あなたがさすらいの弁護士、ナガイ先生ですよね?」

ナガイはアサミに顔を向けた。

フリーランスのアサミです、というと、その男はひとこと、「聞きましょう」と言った。

出社必須のフリーランス

アサミはため息をついた。カウンターに置かれたモヒートのグラスを傾けながら、「フリーランスって、みんなこんなものなのでしょうか……」と話し始めた。

アサミは中堅のWebデザイン事務所を2年前に退職し、独立してフリーランスとなった。しかし、単発の仕事が多く、安定的な収入は得られずにいた。

そんなある日、ある大手Web制作企業・A社から「業務委託で働かないか」と声がかかった。月額で支払われる報酬は、不安定な生活をしていたアサミにとっては魅力的だった。そのため、契約書をあまり読み込まぬまま、二つ返事でOKしたのだった。

そして働き始めたところ、アサミの中で想定しているフリーランスと、A社での働き方の間に違和感が生まれはじめた。

たとえば、こういったところだ。

・会社への出勤は必須で、出社のコアタイムも決まっている
・上司がいて、具体的な指示命令を受けている
・仕事内容は決まっているものの、他の人が帰るまでは退社しにくい。でも、自分には残業代はつかない
・同業他社とは仕事しないでほしいと言われている

「これって、会社員と同じじゃないですか……?」

眉をひそめるアサミに、ナガイは言った。「ではアサミさんがA社と結んだ契約書を見せてください」

契約書と「実態」に大きな乖離が!?

アサミは鞄から「業務委託契約書」と書かれた書類を取り出した。ナガイは数ページめくったが、はたと手を止めた。ある部分をまじまじと見つめ、「……おかしいですね」とつぶやいた。

「確認しますね。アサミさんは9時から18時までA社のオフィスに出社して仕事をしているのですね」

「はい。タイムカードも打刻してます」

「アサミさんには上司がいて、その人に指示された業務を行っているということで間違いないですか」

「その通りです。会社で終わらなかった作業は家で持ち帰って終わらせることもあります」

「残業ですよね。その部分の報酬は出ていますか?」

「いいえ。報酬と別にはもらっていません。業務委託報酬に含まれているという認識でした」

「なるほど。あと、契約書には、たしかに『競業との契約の禁止』の内容が書かれていますね。これは……」

ナガイは、アサミから他にもいくつかヒアリングした後、書類から顔を上げ、アサミにこう告げた。

「アサミさんは、A社に『雇用』されている可能性があります――」

「業務委託」と「雇用」のボーダーライン

アサミさんがA社と結んでいるのは「業務委託契約書」だが、実態は「雇用」、つまり社員と同様「労働者」の可能性があるとナガイは判断した。

その理由は、「雇用」に該当するか否かの判断する際には6つのポイントがあり、アサミさんの働き方は「業務委託」よりも「雇用」に近いからである。

6つのポイントを列挙していこう。

⑴仕事の依頼に対する認否の自由の有無
アサミさんは会社からの仕事を断ることができない状態。業務委託であれば、指示された依頼内容を断ることができるため、仕事の依頼を断ることができないことは、指揮監督関係を肯定する要素となる(雇用の可能性が高くなる)。

⑵業務遂行上の指揮監督の有無
アサミさんには「上司」がおり、具体的な指揮命令を受ける立場だった。業務委託は自身の裁量で仕事をすることができるため、具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係を肯定する要素となる(雇用の可能性が高くなる)。

⑶時間的場所的拘束性の有無
アサミさんは業務委託先のオフィスにデスクがあり、出社は義務化されていた。また、出社時間も決められていた。業務をする時間や場所を拘束されていることは、指揮監督関係を肯定する要素となる(雇用の可能性が高くなる)。

⑷労務提供の代替性の有無
アサミさんは請け負った仕事を他の人に再委託することができなかった。請け負った仕事を、別の人にお願いすることができる場合は、指揮監督関係を否定する要素となる(業務委託契約の可能性が高くなる)が、そうではなかった。

⑸報酬の算定方法・支払方法(労務の対償といえるかどうか)
アサミさんは報酬以外に残業代を追加でもらってはいなかった。残業した場合に報酬が割り増しになるなど、指揮監督下で一定期間労働したことによる対価と認められた場合、使用従属性が高まる(雇用の可能性が高くなる)。

⑹その他の事情(機械器具の負担、報酬額等に現れた事業者性、専従性、公租公課の負担等)
アサミさんは仕事に必要なパソコン等をA会社から支給してもらっていた。仕事に必要な機械器具等を発注者が負担している場合、労働者性を強める要素となる(雇用の可能性が高くなる)。
アサミさんは契約書に競業禁止と書かれて他の会社からの仕事を受けることができなかった。他の発注者等の業務を行うことが制度上制約されている場合、専従性の程度が高く、労働者性を強める要素となる(雇用の可能性が高くなる)。

詳しくはこちら→中小事業者等への「しわ寄せ」問題等に関する
Q&A集
個人事業主・フリーランスに労働関連法令が適用される場合の有無
https://cs-lawyer.tokyo/column/2020/10/04.html )

このように、雇用の実態がありながら、契約書上は業務委託ということがあります――とナガイは告げた。

アサミは不思議そうに首をかしげた。

「なぜ社員として採用せず、業務委託契約にしたのでしょう? 私がフリーランスだったから、業務委託契約のほうが仕事しやすいと思ったのでしょうか」

ナガイは、フリーランスの「業務委託契約」と“雇用逃れ”トラブルの現実を話し始めた。

「雇用であれば社会保険等に企業が加入させなければならなかったり、残業代を払わないといけなくなったりするため、実態と異なる契約書が締結されていることがあります。中には、経営者に知識が足りず、業務委託なのに社員と同じ働き方をさせているケースもあります」

「そんなのひどい!」アサミは憤った。ただ、ナガイは「企業にとって“雇用逃れ”はいいことばかりではありません」と付け足した。

「『雇用逃れ』をしてしまっている企業には、労働関連法令違反、労基署からの調査・是正勧告、ニュース等で取り上げられるといった企業にとっても大きなリスクになるんですよ」

「これ雇用契約じゃん!」と気づいたときの正しいアクションとは

アサミは正直落ち込んだ。いつの間にか氷がすっかり溶けてしまったモヒートを、ごくごくと喉の奥に流し込んだ。

「“雇用逃れ”だとわかったところでどうしたらいいのでしょう?」

大丈夫、とナガイはやさしく話し始めた。「将来のトラブルの発生に備えて、雇用契約であることを裏付ける客観的な資料を収集しておきましょう」

「また、もし今後、同じような契約を締結する際には、ご自身が望んでいる仕事の実態に合った契約内容にできるよう交渉しましょう。特に、雇用契約よりも自由に仕事ができる業務委託契約にしたければ、仕事の進め方等についての裁量が認められる内容であったり、仕事をする時間や場所の制限がない内容の契約にできるように交渉し、もし合意できなければ、契約を断ることも視野に入れてよいのではないでしょうか」

詳しくはこちら→中小事業者等への「しわ寄せ」問題等に関する
Q&A集
個人事業主・フリーランスに労働関連法令が適用される場合の有無https://cs-lawyer.tokyo/column/2020/10/04.html

中小事業者等への「しわ寄せ」問題等に関する
Q&A集
依頼された仕事を受ける場合、雇用契約と業務委託契約のどちらが良いか。
https://cs-lawyer.tokyo/column/2020/06/03.html

「この仕事はとても気に入っていて、 辞めたくないんです……」とアサミは顔を曇らせた。

「辞めたくなければ、実態が雇用だからと言って、辞める必要はありません。希望する働き方にできるよう契約書の変更とともに、仕事のやり方の変更を求めて交渉しましょう!」

「そうですね!先生、よろしくお願いします!」

アサミはグラスをナガイのほうに傾けた。ナガイはウーロン茶の入ったバーボングラスを持ち上げ、2人は小さな乾杯を交わした。

そうして、今日も「Legal」の夜は更けていく――。

~Fin.~

この話はフィクションであり、「ナガイ先生」は架空の人物です。
また、この話はモデルケースであって個別の事情により結論が変わることがあります。そのため、具体的なご相談については、下記の中小企業法律支援センターまたは監修者までお問い合わせください。

この記事の参考Q&A

Q.依頼された仕事を受ける場合、契約形態は、雇用契約と業務委託契約のどちらが良いのでしょうか。
https://cs-lawyer.tokyo/column/2020/06/03.html


Q.私は個人事業主として、仕事の依頼主から提示された業務委託契約書にサインし、契約を締結しましたが、労働基準法等の労働関連法令が適用されることはないのでしょうか。
https://cs-lawyer.tokyo/column/2020/10/04.html

監修者プロフィール
永井 恵生 (ながい・よしお)
吉川法律事務所・弁護士。東京弁護士会所属。各種契約関係、労務等の企業法務のほか、事業者・個人の依頼者からの様々な必要にお応えして一般民事、刑事事件等の幅広い案件に携わっている。「もしご友人に同じような悩みを抱えている人がいれば、ぜひ私の所属する東京弁護士会の中小企業法律支援センター( https://www.toben.or.jp/form/chusho1.html )にご相談ください」


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