「仕事のため」「夢のため」でも、自分をないがしろにされていいはずがない!~映画『アシスタント』
自分の好きなジャンルで、自分が選んだ仕事をしているので、どんなに納期がキツくても、肩が鉛のように重くても、仕事のストレスをほとんど感じていない私ですが、過去を振り返って「二度とやりたくない」と思ったのは、フリーランスである私を「雑に扱っていい使い捨て」扱いする相手が窓口の企業の案件でした。しかも社会に出て間もない若者にアゴで使われましてね……と、初っ端から愚痴が止まらなくなりそうなので、思い出話はこのへんにしておきますが、とにかくどんな業務形態であれ、一緒に働く相手にはパートナーとして見てほしい、一人の人間として考えてほしいというのは共通の願いだと思います。
今回ご紹介する『アシスタント』は、大手エンターテインメント会社に入社し、映画プロデューサーになるという夢の第一歩を踏み出したばかりの女性が主人公のお話です。
どんなに酷い環境でも、夢のために「ここにいたい」
名門大学を卒業したジェーンは、エンタメ業界の大物である会長のアシスタントとして働き始めて1カ月余り。毎朝暗いうちに出社して、コーヒーをいれ、オフィスを片付け、資料を準備し、暗い給湯室で朝食のシリアルをかき込む日々を送っています。他の社員が出社してくると、食器洗い、デリバリーの注文、出張の手配などなど、深夜まで補佐的な仕事に追われるジェーン。差し挟まれるエピソードには、「新人だから」「若い女性だから」という理由で繰り出されるハラスメントがいっぱい。それでも、この会社でキャリアを積むことがジェーンにとっては夢へと繋がる道なのです。
ところがこの日、ジェーンは、会長が他の若いアシスタントに対して行なっているある行為に気がついてしまいます。告発しようとする彼女ですが……。
会社員を主人公としたお話ではありますが、業界の下請け構造の(敢えてこう言いますが)底辺で働くスタッフにフリーランスが多い日本の映画業界にも通じるものがあり、ともすると都合よく消耗されてしまう全フリーランスにとっても他人事ではない内容に戦慄します。
下請け的な作業に忙殺されて消耗しても、発注者の理不尽な要求に振り回されても、仕事を発注してもらえないと困ります。「私が全力であなたの要求に応えるのは、あなたが偉いからではなく、ご飯食べてくためなんだよ!」と顔で笑って心で泣いているフリーランスがどれほどいることでしょう。粛々と仕事をこなし、ハラスメントを受けても耐え忍んでしまう。そんな人には、この映画のジェーンの気持ちがよく分かるはず。夢をかなえるためには、これ以上ないスタート地点に立てた彼女。たとえ吐き気のするような酷い職場であっても、夢へと繋がる道だから、「ここにいたい」のです。
“底辺”で働く人々を蝕む小さな暴力
本作を見始めると、これが#MeToo運動の発端にもなったハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力事件に材を取っていることにすぐ気がつくでしょう。とはいえ、この作品は特定の人物をモデルにしているわけではなく、さまざまな職場の底辺で働く人たちの声をすくい上げ、主人公のジェーンに投影するという手法をとっています。87分という短い上映時間の中で描かれるのは、底辺で働く人々の“象徴としてのジェーン”のたった1日の出来事。次から次へと小さな暴力が彼女の心を削っていく様を生々しく映し出していきます。
女性たちの夢を食い物にする業界の闇。ジェーンは気づいてしまった会長のある行為を、社内のしかるべき窓口に訴えようとするのですが、ここでの対応が、もう……。詳しくは書きませんが、「女とはこういう生き物」という先入観で女性を一括りにしてしまう一種のミソジニーであり、女性にとっては「だから、なんでそうなるんだよ!」と叫びたくなる“あるある”だと思うので、ぜひ映画館で確認して私と一緒に憤慨してください。
映画が答えを示してくれるわけではないけれど
ジェーンのうしろには、顔も名前も知られていない、無数の被害者がいます。彼女たちが救われる道を、この映画が示してくれるわけではありませんが、こうした作品が作られることで、小さな告発や共感を積み重ね、被害者となり得る人の連帯を太くしていくしかないのかなと感じます。実際、最近では、やはりワインスタインの事件の報道の裏側に迫った『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(デジタル配信あり)や、俳優でもあるサラ・ポリー監督が性暴力を受けた女性たちの連帯を描いた『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(公開中)といった映画が作られ、話題になっています。今回紹介した3本とも、女性監督の手による作品だということも力強いです。
長い長い1日が終わり、帰路に就くジェーンの頭にはどんな思いが渦巻いているのか。『アシスタント』の試写を観てから暫く経つのですが、なぜか今でもラストの彼女の姿が時々思い出されます。
フリーランス、会社員にかかわらず、抑圧され、泣き寝入りしがちな全ての人に観てほしい作品です。みなさん、一緒にがんばりましょう。
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