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人生を賭けた仕事を失ってしまったら…あなたならどうしますか~映画『ダンサー イン Paris』

体が衰えると食べていけない仕事があります。もちろん、立ち仕事をされている方や、自分のように昼夜パソコンに張り付いている人間も含め、働くことには体力が要りますが、とりわけダイレクトに影響するのはスポーツ選手、ヨガやピラティスなどのインストラクターなど、見られる体が必要な方々ではないでしょうか。

今回紹介する映画『ダンサー イン Paris』に登場するバレエ・ダンサーは、そんな職業の典型でしょう。ケガで踊れなくなる可能性を告げられたダンサーが、絶望の中で自分と向き合い、立ち直ろうとする姿を追う本作。突然、夢を断たれた時、あなたならどうしますか?

バレエ団を離れたダンサーが向かったのは

ルイ14世によって創立された世界最古の国立バレエ団、パリ・オペラ座バレエ団。主人公のエリーズは、そこでエトワール(同バレエ団の最高位のダンサー)を目指しています。

ある公演の最中、舞台裏で恋人の裏切り行為を目撃し、動揺した彼女はジャンプに失敗。足首を痛めてしまいます。医師から完治しない可能性もあると告げられた彼女はバレエ団を離れ、自分のこれからについて考える必要に迫られるのです。

絶望感に苛まれた彼女は、自分より前にバレエをやめた友人サブリナに連絡。副業をしながら女優を目指しているサブリナから、彼女が恋人と営むフードトラックのアルバイトに誘われたエリーズは、初めて経験する仕事にトライすることを決めます。向かったのはブルターニュにあるおしゃれなレジデンス。そこはアーティストに練習場所を提供している宿泊施設で、エリーズは利用者に食事を提供する仕事を手伝うことになります。そこでコンテンポラリーダンスのカンパニーと出会ったエリーズは、新しいダンスの世界に出会うことになるのです。

先の未来のはずだった「ダンサーの第二のキャリア」

バレエ・ダンサーは、エリーズのようにケガをすることなく、順調に働き続けられたとしても、早い段階でセカンドキャリアを考えなければいけない職業です。ちなみに、パリ・オペラ座バレエ団は定年が男女ともに42歳だそう。でも、まだ若く、夢のエトワールまであと一歩という地位にまで上り詰めていたエリーズにとって、第二のキャリアを考えるなんて、まだまだ先の未来のはずでした。

ダンサーの第二のキャリアとして考えられる道の1つは、若いうちにスパッと転職してしまうこと。この映画ではサブリナのケースです。18歳でバレエをやめた彼女は、夢をバレエ・ダンサーから女優に再設定。副業をしながら夢を追いかけています。

もう1つ考えられるのは、振付師やカンパニーの経営など、ダンサーとしてのキャリアを活かしながら、ダンスの世界に残って別の仕事を始めること。この映画の中では、レジデンスにやってくるコンテンポラリーダンスのカンパニーを率いる振付師ホフェッシュ・シェクター(本人役で出演)のような存在です。皆がこれをできれば理想的なのかもしれませんが、業界内の需要のキャパシティや、実際食べていけるのかどうかなどを考えると、成功できる人は限られるでしょう。

第二のキャリアと言われても、今は亡き母に望みを託され、幼い頃からバレエに打ち込んできたエリーズは、頭では分かっているものの夢を断たれた現実と折り合いをつけることができません。これまでの人生が無駄になってしまう――容姿と才能にも恵まれ、バレエ一筋で生きてきた彼女の初めての挫折でした。

不完全な“今”を受け入れ、流されるままにでも歩み続ける

そんな彼女に、さまざまな気づきをもたらしてくれる存在が、アルバイトで訪れたレジデンスのオーナー、ジョジアーヌです。芸術に造詣が深い彼女は、エリーズの事情を聞き、いい機会だと諭します。今までは運が良かっただけ。美しい世界にいたのね、と。順調だった今までの境遇は“特権”であり、そうではない人々を見ることも大切だと気づかせるのです。

ジョジアーヌの言葉どおり、踊ることから離れ、自分を見つめ直すこの時間が、エリーズに変化をもたらします。

静かなブルターニュでのアルバイト生活とレジデンスを利用するさまざまなアーティストとの交流を通して、新しい世界に触れる日々。そこで自覚するのが、やはりまだ踊りたいという気持ちでした。だけど、まだ踊ることは怖い。それはケガのせいでもあるし、夢を諦めざるを得なかった心の痛みでもある。そんな彼女を、振付師のシェクターはコンテンポラリーのレッスンに誘います。

バレエと全く違うコンテンポラリーの世界。あふれ出す感情にのせて踊るうち、エリーズは再び輝きを取り戻していきます。パレエの世界で完璧を目指して努力してきた彼女に、シェクターは「踊り方を変えろ。不完全でいい」とアドバイスします。不完全なら不完全な“今”を受け入れ、流されるままにでも歩み続ければ、何かにつながっていく。それはダンサーに限らず、挫折を味わったことがある人なら共感できる感覚のような気がします。一歩踏み出さないまま、心と体の傷が周囲の組織と癒着して、後遺症のように残ることのほうが深刻なのかもしれません。

ここで思い出したことがあります。自分が心身の不調でしばらく仕事を休んでいた時期のこと。ある先輩が、できる範囲で編集の仕事を手伝ってと声をかけてくれました。もちろん本当に休息が必要な人は別ですが、今思えば私にとって、「何もせずに休んで」と言われるより、その時の自分にできることを続ける機会をもらえたことが有り難かった。それがあったおかげで「もう無理かも…」と可能性を捨てずに済んだうえ、可動域がさらに広がったような気がしています。

年齢を重ね、いつか本当に踊れなくなる時が来ても、一度絶望を経験したエリーズなら、うまく対処できるはず。
挫折を乗り越えて舞台に立つエリーズの、力強いクライマックスのパフォーマンス・シーンは圧巻です。

監督は、ダンスに並々ならぬ情熱を持ち、『スパニッシュ・アパートメント』『ロシアン・ドールズ』など青春映画でも有名なセドリック・クラピッシュ。エリーズを演じるのは、実際にパリ・オペラ座バレエ団のプルミエール・ダンスーズ(エトワールの1つ下の階級)で、クラシックとコンテンポラリーの両方で活躍するマリオン・バルボー。スタントなしのダンスシーンだけでも一見の価値あり! エリーズのアパートから見えるパリの風景も美しく、芸術の秋にぴったりの1本です。

『ダンサー イン Paris』
9月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
配給・宣伝:アルバトロス・フィルム、セテラ・インターナショナル
© 2022 / CE QUI ME MEUT MOTION PICTURE - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA Photo : EMMANUELLE JACOBSON-ROQUES
公式HP : www.dancerinparis.com

新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
Twitter:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/

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