副業は専門性を踏まえて
SmartTimes 東京大学特任准教授 伊藤伸氏
近年、国内で急速に副業・兼業を許容する流れが強まっている。2018年には厚生労働省がガイドラインを策定、経団連も2021年に「副業・兼業の促進」と題した提言を発表した。企業側は副業を、従業員が能動的に仕事に取り組む意欲や姿勢を高める施策として位置付け、政府は副業の広がりが成長分野への人材移動につながると期待をかけている。
従業員の就業時間以外の活動は原則自由であるが、これまで大半の企業は就業規則によって副業を厳しく制限してきた。競業避止や営業秘密の漏洩防止が主な理由で、副業先で問題を起こすと信用に傷が付くというリスクも懸念されたためだろう。従業員の労働時間や健康の管理も課題だ。
副業解禁に舵を切った企業では、社外の経験が従業員の成長を促し、有益な人脈や情報、アイデアを取り込む効果を見込んでいる。
より肝心なのは従業員の動機と行動の変化だ。伝統的な副業は所得の補塡といった金銭的な理由が動機になっている。現在は本人の自己実現、スキルや知識の習得、キャリア形成の手段としての認識が強い。本業で所得が高いほど副業の所得も高いという実証分析結果もあり、高い専門性を本業と副業の両方で生かしている人材も存在する。
オンラインでスポットコンサルを利用する機会があった。単発で特定分野の有識者と相談者をマッチングする仕組みだ。大半は企業や団体に所属し副業として活動している。IoTの進展と工夫を凝らしたネットサービスの普及で専門的な知識や能力を活用して収入を得る場が広がっている。
筆者自身、兼業は10年以上に及んでいる。いずれの業務も関連があり、結果的に専門性や活動の重点を柔軟に移行させる結果につながった。経験は有益であったが、苦労はつきまとった。一般的に専門職はマルチタスク化する傾向がある。少し判断を誤ると、多種多様な業務に処理能力がたちまち追いつかなくなった。しかも、兼業なので同僚であっても仕事全体の事情は理解されにくい。
副業は本格的な起業への足がかりになるとの見方もある。労働時間の一部だけを起業に充てる者をパートタイムアントレプレナーと呼び、世界各国で現象がみられる。フルタイムで起業すると多額の資金が必要な上、リスクも大きい。パートタイム起業は不確実性の高い新規事業を小規模で試行でき、経営経験や人的ネットワーク形成を積み上げる貴重な機会をもたらす。パートタイム起業でも金銭面より自己実現が重要な動機になる場合が多い。
総務省の17年の就業構造基本調査によると有業者に占める副業を持つ人の割合は4%とまだ低い水準にとどまっている。副業は柔軟な働き方を可能にする社会の実現に向けて意義深い役目をする余地がありそうだ。
[日経産業新聞2022年8月15日付]
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