「おじいちゃんのチーズケーキ」 職人7人、平均年齢は73歳 中目黒の「ヨハン」
2023年9月14日 07時39分
「おじいちゃんのチーズケーキ」と、親しまれているケーキ専門店が東京・中目黒駅近くにある。「ヨハン」。男性のケーキ職人7人全員が、ケーキを作り始めたのは定年退職後だ。平均年齢は73歳ほど。彼らはなぜ職人になり、どんな思いで働いているのか。定年後のセカンドキャリアを探ろうと、店を訪ねた。(中村真暁)
◆最高齢84歳は職人歴24年
ヨハンはおしゃれな店が立ち並ぶ目黒川沿いの一角にある。8月下旬、昼時には客が入れ代わり立ち代わり訪れ、ショーケースの中をのぞき込んでいた。こぢんまりとした店舗は、すぐに客でいっぱいになる。
ケーキはいずれも無着色、無香料で保存料も使わない。1978(昭和53)年の創業以来、同じ材料と分量にこだわり、変わらぬ味を守り続けてきた。十年来通っているという弁護士の男性(51)は「素朴な味わいで、丁寧に作っているのが伝わります。今日はお世話になった人への手土産に」と購入したケーキを手に話した。
ケーキ職人になって24年の小林隆吉 さん(84)が話す。「お客さんには当然、喜ばれないと。いつもそう思って作っていますよ」。店で最高齢の一人だ。手がけるケーキはチーズ本来の味わいを生かした「ナチュラル」や、あっさりとした口あたりの「ブルーベリー」など4種類。焼き上げた後、冷蔵庫で一晩寝かせており、それにより濃厚な味わいやなめらかな食感に仕上がるという。
「同じように作っても、その日によって出来栄えに誤差ができる。その調整が難しくて面白いところ」と小林さんがうなずく。
会社員時代は樹脂製造業「住友ベークライト」(東京都品川区)に勤め、主に資材調達や品質保証の業務に就いていた。絵に描いたような「仕事人間」だったといい、菓子作りはおろか、妻に任せて料理することもなかった。誰もがそんな時代だった。ケーキの世界に飛び込んだのは60歳の時。定年直後にヨハンで働いていた同社OBから声がかかり、仲間入りした。
◆創業時から「おじいちゃんの店」だった
そもそも、店の創業者の故・和田利一郎さん=享年96歳=は同社OBだ。米国人の友人に振る舞われたチーズケーキにほれ込み、定年退職後に元同僚2人と立ち上げたのがヨハンだ。店を継ぐ和田さんの親族は「働くこと自体に意味を見いだし、生きがいにしていた人だった」と振り返る。
店には仲間のつてで同社OBが多く勤めた。「だから、迷いも心配もなかったよ。店にもすぐになじめた」と小林さん。同じく最高齢で、同社で電話機製造などに携わった高野袈裟松 さん(84)も「樹脂を型に流し込んだり、微妙な温度管理をしたりと、前の仕事とケーキ作りに似ているところがあって入りやすかった」と話す。
◆メーカー出身、元国鉄マン…
今では同社だけではなく、住宅メーカーの出身者や元国鉄マンなど、65歳から84歳までの職人が働く。生地作りや焼き上がりの見極めをはじめ、一人前になるには3、4年かかるが、高野さんは「互いに教え合い、助け合えるから楽しい。これからもみんなに甘えて、仲良くやっていきたいね」と笑う。
小林さんは1カ月に約20日、1日8時間ほど出勤する。休日は体操やウオーキングをしており、仲間と名所を巡りながら12キロも歩くこともある。酒を飲みながら好きなテレビを見るのが至福の時間だという。働いているからこそオンとオフがはっきりして、生活に張りが出る。何より、働くことで「人のためになるのは喜びです。人って、そういったものだと思います」とほほ笑む。
ケーキ職人になったのも、会社員時代があったからこそ。セカンドキャリアというより、同じつながりをたどってきて今があるという思いの方が強いという。
「私の場合はたまたまケーキ作りだったけれど、これまでの縁を大切にし、熱意さえあれば、仕事はどこでもできると思う。新しい世界に飛び込んでも、心配する必要はありませんよ」
◆新しい「おじいちゃん」募集中
ヨハンでは現在、ケーキ職人に定年退職後の男性を募集している。問い合わせは、ヨハン本店=電03(3793)3503=へ。
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