みずほ28歳の銀行員、「副業」を異例の事業売却。副業解禁3年で生まれた“成功例”

仲本さん

みずほ銀行の仲本雅至さん。副業で始めたコーチング事業の売却を発表した。

撮影:横山耕太郎

2019年に副業を解禁したみずほフィナンシャル・グループ(FG)。

その傘下のみずほ銀行に、副業で始めた事業を、別会社へ売却することに成功した社員がいる。

みずほ銀行決済ビジネス推進部の仲本雅至さん(28)が副業で立ち上げた会社・スパイサーは2023年1月24日、コーチングプラットフォーム事業をand company(東京都中央区)に事業売却したと発表した。売却額は公表していないが、副業での事業売却はみずほFGでは初めてという。

副業が解禁されている大企業の場合、講演などを引き受けたり、クラウドソーシングで負荷の少ない仕事を受けたりするのが一般的だ。

そんな中で、副業からの事業売却という、メガバンクでは「異例」な成功事例はどう生まれたのか?

熱血営業から「デジタル」へ

みずほ看板

法人営業にやりがいを感じていた仲本さんは、上海での視察で衝撃を受けたという。

撮影:今村拓馬

「もともと銀行の営業は楽しかったのですが、上海を視察したことで私の人生が変わりました」

仲本さんは2016年にみずほ銀行に入行し、3年間は千束町支店(現・雷門法人部)で法人営業を担当。

強豪・同志社大学ラグビー部出身の元ラガーマンでもある仲本さんにとって、オーナー企業が多く、社長の懐に入ることが営業成績に直結する千束町支店は適任だった。

「まさに日々何件ものアポをこなす営業でしたが、やりがいがありました。ラグビー部と違って土日も休みで給料までもらえますし」

そんな仲本さんを変えたのが、担当顧客の上海視察に約1週間、同行したことだった。

上海のWeWorkでは急成長しているさまざまなテック企業が、社員の国籍や会社の枠を超え、行政をも巻き込みながら事業を進めていくダイナミックなオープンイノベーションを目の当たりにした。

「これまで無形商材を扱う企業は見たことがなかったのですが、その勢いをみて、直感的にデジタルの世界に乗った方がいいと、衝撃を受けました」

帰国後、社内に「デジタルイノベーション部」が新設された。社内公募制度を通じ、仲本さんはすぐに手をあげた。2019年4月には丸の内の本社に異動し、デジタルの世界に飛び込んだ。

解禁後にすぐ起業。事業よりメンバー集め

仲本さん

みずほFGで兼業・副業が解禁されると、仲本さんはすぐに手をあげた。

撮影:横山耕太郎

ちょうど同じ頃、みずほFGが社員の「兼業・副業の解禁」を発表した。

「ニュースを見て知りましたが、まずは行動すべきだと思って起業しようと。まだ何をするのかは全然決まっていなかったんですが

起業してまず始めたのは、新会社のメンバー集めだった。

エンジニアとマーケターの獲得を目指して、SNSや知人からの伝手をたどり、片っ端から連絡し会いに行った。

『僕は銀行員ですが、一緒に面白いことしませんか。今すぐに給与は出せませんが……』と勧誘し続けました。知り合いの紹介もあってひょんなことから5人の仲間が集まりました」

どんな新規事業なら成長させられるのか?仲本さんたちは、土日に集まってひたすら市場調査し、音声メディアに関するビジネスに行き着いた。

そこから資金を確保するため、VC(ベンチャーキャピタル)関係者に、売り込みをした結果、VCが実施するアクセラレータープログラムのコンペに参加できることが決まった。

参加する約50の事業から4事業だけが、将来的に出資を検討されるコンペだったが、仲本さんたちは見事、その4事業に選ばれた。

ただその後、助言役となった投資担当者から「経験者もいない状況で音声メディアは難しい」と指摘され、再び市場調査を再開。当時まだ新規参入の少なかったコーチングプラットフォームに行き着いた。

ノーコードで開発。法人客も獲得

サービス画面

仲本さんが立ち上げたコーチングプラットフォームのサービス画面。

撮影:横山耕太郎

しかし、困難は続く。

VCからの出資については、仲本さんが副業という立場では「新規事業に完全にコミットできない」ことなどを理由に出資は受けられなかった。

また最初は5人いた仲間も、アクセラレータープログラムが終わったことなどから2人が離脱した。

仲本さんは残った3人と、コーチングのプラットフォーム「mybuddy」をノーコードで開発し、ついに2020年11月、リリースにいたった。

mybuddyはコーチングへの注目の高まりとともに、利用者を増やし、法人営業を獲得するまでに成長。

ただ、サービスローンチから半年はマーケティングと営業、SEO対策等を講じていたが、次第に成長が伸び悩むようになった。

そこで新事業として、Instagramの運用代行事業にも着手。美容サービスやスポーツチームのInstagramの運用を代行したところ、時代のニーズに合致し、収益を上げられるようになった。

Instagram事業が軌道に乗ったこともあり、仲本さんはコーチング事業の事業売却の検討を始めた。

「コーチング事業を伸ばすにはもっとマーケティングが必要でしたが、完全に人手不足でした。リソースの選択を迫られた形です」

説明資料

仲本さんの会社が手掛けるInstagram事業の説明資料。

仲本さん提供

20社から事業購入の問い合わせ

仲本さんは2021年冬に、事業売却を検討するためにM&Aプラットフォームに、コーチングサービスを登録した。

コーチングサービスが増えていたタイミングということもあり、約20社から事業購入を検討したいという申し込みがあったという。

条件交渉などを経て、and companyへの売却を決めたという。

「and company社長の孫慶子さんはコーチングの知見を持っており、マーケティングの経験も豊富。孫さんであればサービスを成長させてくれると決めました」


「副業を始めた頃から、実は目標があって『大きく稼ぐこと』か『事業売却すること』という、そのどちらかを実現したいと思っていました。

サービス成長のためにもっとできたことがあったという気持ちはもちろんありますが、目標だった売却ができて、嬉しく思っています

「副業は若手の離職防止にもつながるはず」

みずほ看板

みずほFGだけでなく、地方銀行などでも副業解禁が進んでいる。

撮影:今村拓馬

副業でも成果を上げている仲本さんだが、これまでみずほ銀行を辞めて、事業に集中しようとは思わなかったのだろうか?

「副業をさせてくれている会社・上司への感謝が強いんです。仮に私がもし上司だったら本業(銀行)に専念してほしいとも思うかもしれないので(笑)。だから『副業でちょっと儲けたから辞める』とは考えておらず、事業を作って成功させたいと考えていました」

むしろ副業だからこそのメリットも大きかった。

「本業がある上での副業はノーリスクでできる。また本業では得られない専門スキルを学ぶことにつながります。部署にはよりますが、私の場合は副業で得たスキルが、本業に生きるというシナジーも生まれています

仲本さんは現在、本業のみずほ銀行で、スマートフォン決済アプリ「J-Coin Pay」のマーケティングを担当している。

業務の一部は、副業での業務と重なっており、これまでは代理店に外注していた部分を自ら担当できるようになった

若手を中心にメガバンクからの離職が問題になっているが、仲本さんは「副業は離職の防止にもつながるのでは」という。

「新しい仕事を始めるという意味では、転職も副業も同じです。ただ副業の場合はリスクが全く存在しません。

若手と一言で言っても多様性がある時代。私の挑戦が、いろいろな選択肢あるということの実例になれればと思っています」

みずほFGが副業を解禁してから3年以上が経過。メガバンクだけでなく地銀などでも副業解禁の流れが続いている。

「自分がメガバンクで働いて感じることですが、人材の質は高いのに、挑戦を躊躇う人がまだまだ多いのではと思います。

だから私みたいに、まだ管理職にもなっていない年次の社員が、副業で起業して事業売却したぞとなれば、『私だってできるかも』と思ってアクションしてもらえると期待しています」

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