日本では国内外のリスキリングサービスが顧客獲得競争を繰り広げている。左はUdemy、右はGeneral Assemblyの担当者。
撮影:横山耕太郎
新しいデジタルスキルを身につける「リスキリング」が注目され、サービス競争も激化している。
特に日本では、法人向けのサービスがリスキリング市場を牽引すると見られており、「グローバルの平均成長率を超えるペース」で日本市場が拡大していると答えたサービス事業者もいるほどだ。
「日本は非常に重要なマーケット」
来日したユーデミー・新規事業開発担当のリッチ・チュウ氏(左)と、コーポレートコミュニケーション部門のステイシー・ゾルト・ハラ氏。
撮影:横山耕太郎
アメリカ発のリスキリングプラットフォーム・UdemyはテレビCMを放送するなど、サービス認知の拡大を目指し攻勢をかける。
「日本は非常に重要なマーケット。7年前から日本でサービスを始めたが、当時から最先端ナレッジが必要とされるだろうと読んでいたがそれは正しかった」
2022年冬に来日した、新規事業開発担当の最高責任者リッチ・チュウ(Rich Qiu)氏はそう話す。
Udemyは2010年創業で、2021年にナスダックに上場。現在の時価総額は約15億ドルにのぼる。日本では2015年からベネッセと販売などに関するパートナーシップを結び、2020年にはベネッセが5000万ドルを出資。日本では100万人以上が利用するという(2022年9月現在)。
Udemyでいま個人利用と並び強化しているのが、法人利用だ。Udemyは詳しい契約数を公表していないが、ビジネス向けサービスの契約数は「1000社以上」という。
特に大企業での利用実績をアピールしており、日経平均株価の算出に使われている225企業では、5割以上の企業が導入していると打ち出す。
「日本における法人契約の伸びは、グローバルの平均成長率を超えるようなペースで推移している」という。
Udemyでは特に大手企業での導入実績をアピールする。
UdemyWebサイトを編集部キャプチャ
他社にはない「スピード」が売り
日本市場への期待については、「終身雇用が根強い日本だからこそ、リスキリングがなじむ余地がある」(リッチ・チュウ氏)と語る。
「日本企業はチームワークや情熱など強いカルチャーや風土を持っている。外から必要な人材を採用することは、企業文化に馴染むまでに時間がかかってしまう。その意味で社内人材をリスキリングし、必要な人材を育てるニーズがあると思っている」
他社サービスに比べた強みについては、一般の人でもオンライン講座を配信できることによる「スピード感」だと強調する。
「競合他社の多くは、一つのコースを作るのに時間がかかる。特に変化の激しいテクノロジーの分野では、発表から数カ月後にコースを出しても遅い。
一方で Udemyでは現場で今活躍している人たちが、すぐに生きた内容を教えるコースを作ってくれている。OSの更新など、テクノロジーがアップデートされてすぐのタイミングから学べるのが強みだ」(リッチ・チュウ氏)
コロナを経て会員数が倍増
スクーのオンライン講座のサービス画面。企画から収録までスクーが担うモデルだ。
撮影:横山耕太郎
日本初のリスキリングサービス・Schoo(スクー)も、法人契約のてこ入れを図る。
スクーの法人契約数は約2700社(2022年11月現在)。個人の契約数は公開していないが、個人と法人を合わせた会員数は、コロナ前の2019年末には約43万人だったが、2022年1月時点で約83万人と倍増している。
「今後は景気後退による短期でのネガティブインパクトは想定されるが、企業にはリーマンショック時に教育投資を止めた企業が軒並み成長停滞した苦い経験がある。
価値のある、かつ時代のトレンドに合った教育投資は生き残ると期待しており『法人向けオンライン学習サービスにおけるNo.1』を目指していく」(Schoo法人事業責任者・犬飼洋平氏)
自治体との連携拡大を模索
奄美大島では役所の職員らの研修にスクーが使われた。
提供:スクー
スクーは法人契約に加え、全国の自治体との提携も進める。
長野県塩尻市が、市役所職員向けに法人契約を結んだほか、奄美大島初の島内5市町村ではオンライン新人研修で活用された。自治体への導入は27自治体に上っており、さらなる拡大を目指している。
また知名度アップに向け、新規事業も打ち出す。
2022年12月にはクラウド名刺管理サービスを手掛けるSansanと資本業務提携を発表。個人ユーザー向けサービス「Eight」内で、スクーの動画コンテンツが見られるようになった。
ただEightで見られるのは無料コンテンツだけで、スクーの収益には直結しない。
スクーの滝川麻衣子CCOは記者会見で、つぎのように説明した。
「今回はまずリスキリングといえばスクーと第一想起してもらうことを目指している。認知を高め、実際に使ってもらうことで法人契約や、個人の有料契約にもつなげていきたい」
2011年創業の新たな「海外勢」も参入
来日時に取材に応じた、ゼネラル・アッセンブリー市場開発担当のエイミー・ジョーンズ氏。
撮影:横山耕太郎
アメリカなど世界で展開するGeneral Assembly(ゼネラル・アッセンブリー、以下GA)は2023年春に日本での事業を開始する。対面式かつ高価格なサービスとして差別化を狙う。
GAでAPACを中心に市場開発を担当するエイミー・ジョーンズ(Amy Jones)氏は「日本はもちろん、アジアは大きなリスキリング市場と見ている」と話す。
GAは2011年に創業。世界15カ国で対面型のリスキリング講座のキャンパスを持ち、アジアではシンガポール、シドニー、バンコク、マレーシアなどで展開しており、受講生は14万人を超えるという。
GAが強みを持つのは、短期集中型かつ対面式のリスキリングだ。
「日本では岸田政権の方針もありリスキリング市場の展開が期待される。それぞれの国に応じたそれぞれの戦略を考えているが、日本は個人よりも組織が先導すると考えている。終身雇用が根付いているものの、高齢化が進み20年前に学んだことは通用しなくなっている現状があり、ToBのニーズが高いと見ている」(エイミー氏)
高価格の対面式で差別化
GAは対面式のプログラムも多く揃える。
提供:General Assembly
GAではオンラインに加えて、対人での講座も多い。特に日本では対人講座に注目している。
講座は1日などの短期コースから、10週間で40時間のコースなどの長期のコースもある。
他国の教室での講師は、GoogleやUberなど大手テック企業で働く人材を、副業として採用することが多いといい、日本でも同様にテック企業で働く現役人材を講師にするという。
「講師は全員最前線で活躍する人を副業として雇用し、アカデミアではなく実践的なアプローチを第一に考えている。過去10年間、最短距離でリスキリングをしてきた実践的な教育内容は日本でも受け入れられると考えている」(エイミー氏)
競合については「どの国のマーケットにもいる」とするが、オンラインではなく対人を重視し、高価格帯でのリスキリングサービスとして差別化を図る。
現状では「日本事業での詳細や費用は語れない」とするが、法人契約ニーズを狙っており、就業時間内での受講を想定しているという。
日本ではさらに競争激化の可能性
ジャパン・リスキリング・イニシアチブの後藤宗明氏。
撮影:小林優多郎
「日本においてリスキリングサービスはまだ始まったばかりの市場。これからまだプレーヤーは増え、そして再編が進んでいく」
日本初のリスキリング啓蒙組織「ジャパン・リスキリング・イニシアチブ」を立ち上げた後藤宗明さんはそう話す。
後藤さんは2016年頃から、アメリカでのリスキリングサービスとその関連市場を分析してきた。
「アメリカ雇用慣行では、スキルアップも解雇も個人の責任という価値観がある。それがリスキリングの普及によって、企業側が社員に対しリスキリングの機会を設けるように変わってきた。
特にコンサル業界は自分でスキルをアップデートしていく世界で、今やアクセンチュアなどの企業は、社員のトレーニングに多額の費用をかけていると言われている」(後藤氏)
日本企業は、他の先進国に比べ社員の能力開発に投資しない傾向がある。
GDPにしめる企業の能力開発の割合は、2010年から2014年でアメリカが2.08%、フランスが1.78%なのに対し、日本はわずか0.10%だ。
ただ、今後はリスキリングへの注目が高まることで企業の投資も増える可能性があり、サービスの参入も増えると見ている。
「市場の拡大に比べてプレーヤーが足りていないと感じている。Udemy が日本市場で成功しているように、海外発のオンラインサービスではCoursera(コーセラ)やOpenClassrooms(オープンクラスルームス)なども、今後さらに日本語に対応したコンテンツが増えれば存在感を増していく可能性もある」(後藤氏)
一方でリスキリング先進国では、すでにプレーヤーの再編も進んでいる。前述したGAも2018年、人材大手・アデコグループによって4億1250万ドルで買収されている。
スキルの可視化サービスも
学ぶだけにとどまらず、習得したスキルを可視化するサービスも生まれている(写真はイメージです)。
REUTERS/Issei Kato
アメリカなどリスキリング新興国では現在、教育コンテンツそのものの提供だけでなく、「スキルズテック」など周辺サービスが注目されているという。
ジャパン・リスキリング・イニシアチブの後藤氏はカナダ発のスキルズテック企業・SkyHive(スカイハイブ)の日本代表も務めている。
スカイハイブはリスキリングによる学習管理に加え、身につけたスキルを可視化できるリスキリングプラットフォームだ。
「どの人材がどのプログラムを受け、どんなスキルを身につけているのか。人材の育成にあたってはそこが肝になる。リスキリングサービスと契約するのではなく、そのスキルを会社が、または個人が可視化するサービスが、コンテンツとセットで考えられており、日本でもニーズが高まると見ている」
2022年に一躍注目を集めたリスキリング。働く一人ひとりが新しいスキルを身につけ、市場価値を高めていくという文化が日本に根付くかどうか。
2023年はその内実が問われる1年になりそうだ。