人的リソースの活用で成長戦略を加速せよ

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POINT
■配送ギグワーカーは、ECサイトやプラットフォームの隆盛で派生した労働需要であり、働き方の実態に即した支援の仕組みが求められている。

■フリーランスや副業など多様な働き方の広がりを、日本型雇用システムの改良・改革へとつなげていくべきだ。

■蓄積された付加価値の滞留を解消し、人材投資などに振り向けながら、イノベーションを生み出していく循環が必要だ。

■労働市場を活性化するには、「機会の不平等」を解消し、自由で公正な競争環境を整えることが重要だ。

調査研究本部主任研究員 井深太路

 日本経済が循環しない。あちこちに「滞留」が生じ、チャレンジが影を潜め、サプライチェーンにも目詰まりが目立つ。賃金も生産性も上がらないのはなぜか。多様な働き方が広がる背後に、日本型雇用システムの機能不全が横たわる。人材を生かし切れない社会のボトルネックを検証する。

年金制度 次期改正の課題と展望

サプライチェーンのボトルネック

 「ギグワーカー」という呼称が数年前から新聞で使われるようになった。ミュージシャンによる単発の演奏などを指す「gig」(ギグ)に由来する造語だ。企業などと雇用関係を結ばず、個人で仕事を引き受けるフリーランスの一種だが、ギグワーカーはネット経由で単発仕事を請け負う点に特徴がある。

 自転車やバイクで料理を配達し、フードデリバリーと呼ばれるギグワーカーはコロナ禍もあって急速に広まった。軽トラックでラストワンマイルの宅配を担っているギグワーカーもいる。ECサイトの隆盛で急増した宅配荷物は、従来の宅配会社の人員だけではさばききれず、個人が物流会社の下請けに入ったり、プラットフォーム企業との単発契約で配送を請け負ったりしている。

 ネットを通じて仕事を請け負う個人には、ウェブデザイナーやプログラマー、翻訳などの職種も多いが、こうしたケースは、クラウドワーカーなどと呼ばれることが多い。明確な線引きは難しいが、近年、世界各地で権利保護の声が報じられるのは、どちらかと言えば、配送を担うギグワーカーたちの方だ。どちらもフリーの立場だから最低賃金や失業手当などの仕組みはなく、取引相手として扱われるのは同じだ。しかし、配送ギグワーカーは創造性や高度な専門スキルを求められるわけではなく、スマホなどに表示された「指示」に従い、配達する肉体労働だ。取引相手といっても企業と個人の交渉力の差は歴然で、実態が雇用に近ければ相応の保護を企業側に求める考え方が世界的潮流になっている。

 労働基準法上の「労働者」にあたるかどうかは、指示に対する諾否の自由があるかどうか、指揮監督や拘束性の有無、報酬の労務対償性などが総合的に勘案される。ギグワークで生計を立てている人と、副業でギグワークを行っている人とでは、企業に期待する内容が異なり、当事者間にも温度差はある。重要なのは、働く人に実質的な選択の自由がどこまであるかだ。契約内容が拘束的であるほど、相手の機会費用を奪い、報酬に跳ね返るのが普通の考え方だ。配達員はビジネスモデルを成立させる重要なステークホルダーであり、サプライチェーンのエッセンシャルワーカーとして貢献に見合う対価を得る権利がある。

 政府の「フリーランス・トラブル110番」には、軽トラックでの配送を主業とする個人事業主からの相談が増えている。最近目立つのは、報酬が後払いであるために過酷な仕事を断れないという相談だ。このケースは、物流業界の下請け構造の問題でもある。企業にとっては、一時的な需要に外注で対応することで給料や福利厚生費などの固定費を削減できるメリットがある。物流現場は人手不足が深刻化し、季節の繁閑も大きいため、新たな下請け先として個人事業主を重宝している面がある。労働法の保護が受けられない代わりに、自身の裁量で働けるのが個人事業主の利点のはずだ。企業が雇用に近い働き方をさせるなら、雇用主に求められる責任と同程度の責任を負わせる必要がある。

 フリーランスが増えた背景には、仕事をマッチングするプラットフォームの存在がある。従来型の労働市場では、仕事と働く人とのマッチングには様々なコスト(取引費用)がかかっていた。受発注や決済をデジタルで完結させるプラットフォームの登場は、マッチング機能の飛躍的向上をもたらし、企業の取引費用を軽減させ、眠っていた需要を掘り起こした。プラットフォームは発注側と受注側の両面市場で構成され、ネットワーク効果で市場規模を拡大させながらマッチング機能も向上させていく。

 新たな労働市場がもたらす付加価値が、適正に分配されていれば問題はない。しかし、企業と個人の取引には、交渉力だけでなく、交渉の前提となる情報量にも大きな差がある。公正な取引が確保されなければ、フリーランスが自身の裁量で働くことはできないし、適正な対価を収受することもできない。問題は、取引の当事者であるフリーランスにどこまで交渉の余地があるかだ。発注企業の責任はもちろんだが、仲介するプラットフォームにも、市場の拡大に合わせて、より透明で公正なルールを整備していく責任がある。

フリーランスは462万人

 2020年の内閣官房の調査では、国内のフリーランスは計462万人で、内訳は本業214万人、副業248万人と試算されている。フリーランスと一口に言っても、多様な職種や働き方があり、各種調査で人数にばらつきが出ていた。この調査では、<1>自身で事業等を営んでいる<2>従業員を雇用していない<3>実店舗を持たない<4>農林漁業従事者ではない(法人の経営者を含む)―が対象で、19年に同様手法で行った内閣府調査では341万人だったから、増加傾向がうかがえる。年齢別では、60歳以上が30%、50代が20%、40代が22%を占めた。フリーランスを選んだ理由(複数回答)は「自分の仕事のスタイルで働きたい」(57・8%)が最も多く、「働く時間や場所を自由にする」(39・7%)、「収入を増やす」(31・7%)と続く。回答者には会社員の副業でフリーランスという人もいることに注意する必要がある。働く上での障壁(複数回答)は「収入が少ない・安定しない」が59%でトップだった。1日の就業時間は4時間未満が4割超、1か月の就業日数も15日以内が約5割を占める一方、26日以上も16・4%とばらつきがあった。

 継続意思を尋ねた質問で「フリーランスとして働き続けたい」が78・3%を占める一方、「会社員になりたい(戻りたい)」は3・4%。収入が安定しないことに不安を抱きながらも、企業の傘の下には入らず、自由な働き方がしたい。そんなフリーランスが相当数いることが浮かび上がる。

 一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の平田麻莉・代表理事は「フリーランスとは本来、自分の意思で自律的に働く人のことであり、不本意ながら事業者扱いされているケースとは分けて考える必要がある」と指摘する。指揮命令を伴うなど実態が労働者なのに会社都合で業務委託になっているケースでは労働者に準じた保護や再就職支援が必要だ。一方で、働く人が自分の意思でキャリアを築くことができるように社会の仕組みを一つひとつ変えていくべきだ。平田代表理事はそう考える。

 自身もフリーランスとして活動し、2017年に同協会を設立すると、病気やけが、損害賠償などに備えた会員向けの保険を作り、政府に改革を働きかけてきた。協会の会員は22年11月末で7万7000人を超えた。力を入れてきたのが「契約トラブル対策」と「ライフリスク対策」だ。

 業務委託を受けた取引先とのトラブルを経験したことがあるフリーランスは、前述の内閣官房の調査(20年)で37・7%に上った。内容は、発注時点で報酬や業務の内容が明示されない、未払いや一方的減額などだ。これらは取引先が資本金1000万円超であれば下請法に反する可能性がある。独占禁止法の優越的地位の乱用や下請法は、事業者と個人の取引でも適用され、実態が「労働者」と判断されれば、労働関係法令が適用される。国は、こうした現行法の適用の考え方や判断基準などを一覧にしたガイドラインを21年に策定し、それでは不十分な点を補うため、新法の制定準備を進めてきた。22年9月に示された「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」では、下請法と同様の禁止事項を資本金の多寡にかかわらず適用できるようにしているほか、継続的な業務委託での解約ルール、ハラスメント対策や出産・育児・介護との両立への配慮規定も盛り込んだ。継続的取引の解約ルールは、法人間では契約で定められることが多い。ハラスメント対策や両立支援は、パワハラ防止法や男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などで企業に義務付けられている。これらのルールが新法に入れば啓発効果が期待できるが、実際の取り締まりは、当局の人手の問題もあって簡単ではない。相談体制の充実のほか、企業の情報開示も進めていくことで社会の意識を向上させ、実効性を確保していくべきだろう。

 フリーランスも千差万別で、企業で高度なスキルを習得してから独立した人もいれば、発展途上の人もおり、経済的な自立度に違いがある。自助努力に期待するだけではなく、スキルアップを支援する体制を整えていくことが、セーフティーネットと成長戦略の両面で社会全体の便益につながるはずだ。

企業と個人の関係はどうあるべきか

 ライフリスク対策は社会保障の根幹にかかわるテーマだ。同協会の2018年のフリーランスへの調査で、フリーランスや副業を選択しやすくするために必要なことを尋ねたところ、<1>出産・育児・介護などのセーフティーネット(63・6%)<2>健康保険組合(59・6%)<3>厚生年金(52%)が上位に挙がった。フリーランスでも国民健康保険から出産育児一時金は受け取れるが、出産手当金は勤め先で健康保険に加入していることが条件になる。育児休業給付金も雇用保険のメニューだから対象外だ(注1)。<2>と<3>は会社員らが加入する社会保険(医療保険と年金)だ。被用者保険に入っている会社員の場合、産休・育休中は健康保険や厚生年金などの社会保険料が免除される。フリーランスも19年に産前産後の国民年金保険料の支払いが免除されたが、まだ会社員との格差は残っている。健保組合や厚生年金に関心を示す人が多いのは、会社員に比べセーフティーネットが心もとないと感じている人が多いということだろう。

 企業が正社員を雇えば社会保険料の事業主負担が生じる。政府はセーフティーネットを広げるべく非正規社員への被用者保険の適用拡大を進めているが、フリーランスへの業務委託であれば企業負担は生じない。企業が個人に業務委託をする動機が、専門性や独創性、アジリティー(機敏性)にあれば、新たな結合による生産性の向上も期待できる。しかし、事業主負担のない「安い労働力」が目当てであれば、その弊害はいずれ市場の (ひず) みとなって現れる。違法な「社保逃れ」は論外だが、生産性が低く、社会保険料を払えない「ゾンビ企業」が人への分配を抑えて生き残る市場は健全ではない。雇用であれ、業務委託であれ、企業は人の働きで利益を生み出しており、分配も相応に引き受ける責任がある。フリーランス協会は、個人を企業にひもづけて社会保険料を徴収する現行の仕組みが、企業間や個人間の不公平を生んでいるとして、企業と個人を切り離し、企業は売り上げや利益等に、個人は所得に応じて社会保険料を負担する仕組みを提案している。斬新なアイデアだが、企業と個人を切り離せば徴収率が落ちるとして、政府関係者の反応は芳しくない。企業と個人の関係はどう整理されるべきか。「フリーランスを増やしたいわけではない。流動性がない日本型雇用の壁を壊し、会社員とフリーランスを行き来できるような社会にしたい。プロジェクトごとに志のある人が集まる仕組みの方が、成長できるのではないか」と平田代表理事は訴える。

フリーランスについても言及した全世代型社会保障構築会議で発言する岸田首相(奥右、2022年12月16日)
フリーランスについても言及した全世代型社会保障構築会議で発言する岸田首相(奥右、2022年12月16日)

 フリーランスについて、岸田政権の全世代型社会保障構築会議は22年12月の報告書で、労働者性が認められる場合は原則、被用者保険の適用が必要と指摘。労働者性が認められないフリーランス・ギグワーカーへの被用者保険適用についても、新しい類型の検討も含め、諸外国の例なども参考に、次期年金制度改正に向けて在り方を整理する考えを示した。フリーランスと新しい類型の被用者保険をどのようにマッチさせるか、その姿はまだ見通せないが、社会保険からこぼれ落ちる人をなくすため、不断の改革が必要だ。

賃金も労働生産性も低迷

 バブル崩壊後の30年間、日本の実質賃金の伸びは低迷している。21年11月に内閣官房の新しい資本主義実現本部事務局が示した資料(OECDや世界銀行、ILO、国際連合などのデータを基に作成)によると、先進国の1人あたり実質賃金の伸び(1991~2019年)は、英国1・48倍、米国1・41倍、フランスとドイツ1・34倍に対し、日本は1・05倍にとどまる。別の資料(注2)で1時間あたりの賃金の伸び(2001~20年)を比べても、日本はOECD(経済協力開発機構)平均を下回る。

 同事務局の資料では、2019年の就業者1人あたりの労働生産性は米国13・3万ドルに対し、日本は7・5万ドルで、米国の約56%の水準にとどまり、G7の中で最も低い。しかし、経済が成長していないわけではない。10~19年の経済成長率(人口1人あたりのGDP伸び率)は年1・1%で、G7の中では米国(1・5%)、ドイツ(1・3%)、英国(1・2%)に次いで高い。とはいえ、1・1%の内訳を見ると、0・8%分は女性や高齢者を中心とした労働参加率の上昇によるもので、労働生産性は0・3%分にすぎない。短時間労働者の増加や労働時間の短縮が1人あたりの生産性を押し下げている面もあるが、別の資料(注3)で時間あたりの労働生産性をみても、日本はOECD平均を下回る。

 なぜ、生産性が伸びないのか。労働生産性を伸ばすポイントは、設備投資とイノベーションだ。企業が投資をして効果的な機械やシステムを導入すれば、仕事の効率は高まる。イノベーションは人が起こすものだ。発明などの技術革新だけでなく、新たなビジネスモデルの考案や仕事のプロセスを効率化することでも達成できる。政府が「人への投資」に力を入れるのはそのためだ。日本はバブル崩壊や金融危機などを経て、企業が投資に慎重になり、人件費圧縮のために非正規雇用を増やして人への投資を怠ってきた。19年の民間企業の設備投資額は、2000年比で米国1・45倍、ドイツ1・26倍に対し、日本は1・1倍だ。研究開発投資額も、18年の日本は08年の1・06倍にとどまり、1・3倍を超える独英米に見劣りする。社員教育は仕事をしながらスキルを習得するOJT(On the Job Training)が中心で、職場を離れて実施するOFF-JTによる人的投資が欧米先進国に比べると極めて少ない。

 企業の内部留保は21年度末に500兆円を超え、過去最高を更新している。投資や人件費に回さなかった利益剰余金が積み上げられ、成長に生かされていない。悲観的なデータばかりではない。やや古いデータだが、11~12年にOECDが16~65歳を対象に実施した「国際成人力調査」で、日本は読解力と数的思考力の平均点がともに1位だった。日本は成績が低い人の割合が小さく、全体としての基礎的能力の高さは世界最高水準だった。ただ、最上位層の人の割合は上位ではあるもののフィンランドなどの 後塵(こうじん) を拝した。日本人が持つ潜在能力が、生産性向上に生かされていないようだ。

人材を生かす仕組みとは

 高度成長時代は、農村の若い労働力が都市に吸い込まれ、新卒一括採用、年功序列、終身雇用のレールに乗った企業戦士の夫を専業主婦の妻が支えた。医療、年金などの社会保障も企業(被用者保険)を軸に構築され、育児や介護は家庭が引き受けた。形成された「分厚い中間層」は消費の主役でもあったが、バブル崩壊と金融危機を経て、社会の構造は変容した。内閣府の令和4年度年次経済財政報告によると、世帯所得の中央値(再分配後)は、1994年が505万円だったのが、2019年は374万円となっており、高齢者世帯や単身世帯の増加が理由に挙げられている。35~54歳の世帯でも中央値の減少が見られるが、これは非正規雇用の増加が影響している。所得格差の指数であるジニ係数(注4)は、内閣府の「日本経済2021-2022」によると、25~34歳の若年層の労働所得で上昇傾向を示している。厚生労働省の調査では18年の子供の貧困率(17歳以下)は13・5%で、最悪だった12年時点の16・3%よりは改善したものの、7・5人に1人の割合だ。

 日本型雇用システムの制度疲労は明らかだ。50代でピークを迎える年功賃金は長年の献身に対する報酬後払いの性格があるが、少子高齢化の進行でバランスを保てなくなっており、雇用の流動化を阻む要因になっている。一般的に日本型雇用の特徴は、終身雇用、年功序列、企業別組合と言われるが、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎・労働政策研究所長によると、より本質的な特徴は雇用契約上、職務が特定されていない「メンバーシップ型」にあるという。職務を特定して雇用する欧米の「ジョブ型」に対し、メンバーシップ型は使用者の命令で職務が決まる。濱口所長は「ジョブ型は職務に値札がついており、同一労働同一賃金もこれが前提。日本では人に値札がついている」と指摘する。そして、氷河期世代が非正規に取り残された問題は「メンバーシップ型雇用社会がいまだに解決できていない矛盾」とし、「まだ働ける高齢者を周辺的な仕事に追いやるのも人的資源の有効活用の面で問題がある」と述べる。

 しかし、矛盾に満ちたメンバーシップ型の解決策がジョブ型導入かというと、そう簡単でもないようだ。濱口所長によると、産業革命以来、企業組織の基本構造はジョブ型で、全く新しい考え方ではないという。ジョブ型での採用は、特定の職務に資格や経験から最適者を当てはめるのが基本で、スキルのない新卒をOJTで鍛え上げ、様々な部署で競争させてきた日本型との断絶は大きい。「ジョブ型かメンバーシップ型かと一面的にとらえるのではなく、その先を模索するべきだ」というのが濱口所長の考えだ。

 日本は、高度成長の成功体験にとらわれ、「イノベーションのジレンマ」に陥り、新たな成長モデルを作れずにいる。低成長時代でもメンバーシップを維持しようと入り口を絞り、非正規社員との分断を招いた。先進各国に比べ、大学などの教育支出を私費負担する割合が高いこともあり、親の収入格差が子供の教育格差につながる「負の連鎖」に陥っている。こうした「機会の不平等」の拡大こそが、日本が低成長から抜け出せない真因ではないか。格差の固定化は新陳代謝を妨げ、成長を阻害する。イノベーションは、多様な人材が融合・協力し、自由な発想を競い合うことで生まれるものだ。収縮した日本型雇用システムでは包摂できない人材やアイデアに門戸を開き、いかに活力を再生させるか。オープンイノベーションや副業解禁に踏み切る企業が増えているのも、内向きの発想で社員を囲い込んでも長期的な成長につながらないと気づいたからだ。自由市場で競争の結果、格差が生じるのは当然だ。しかし、勝者がその格差を利用して不当な取引を強いれば、新たな競争が阻害され、社会の成長を妨げる。人材を生かすには、自由で公正な競争環境が何よりも重要だ。

 新しい資本主義を 標榜(ひょうぼう) する岸田政権は、成長分野への転職やリスキリング(学び直し)を支援する方針を打ち出している。雇用を流動化させるには、産官学が連携し、新たなスキルの習得と活用を後押しする積極的な労働政策が必要になる。若者のチャレンジを応援するには、若者向けの社会保障支出を手厚くする必要もある。日本社会が生み出してきた付加価値は、新たなチャレンジに活用されないまま、企業の内部留保や個人貯蓄に埋もれ、将来世代につけ回す財政赤字と対をなしている。付加価値の滞留を解消し、効率的に循環させて社会的便益を拡大する。多様な働き方を包摂し、チャレンジできる足場を整える。失われた40年、とならないように、公正なルールで人的リソースを生かし、活力を取り戻さなければならない。

注釈
(注1)岸田政権の全世代型社会保障構築会議の報告書(2022年12月)は、フリーランスなどへの育児期間中の給付の創設についても、子育て期の就労に関する機会損失への対応という観点から検討を進めるべきだとしている。
(注2)内閣府の「世界経済の潮流 2022年I」
(注3)日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2022」
(注4)0から1の値で示され、格差が大きくなるほど「1」に近づく。

主要参考文献
石崎浩(2020)「年金財政はどうなっているか」(信山社)
香取照幸(2017)「教養としての社会保障」(東洋経済新報社)
権丈善一(2016)「ちょっと気になる社会保障」(勁草書房)
河野龍太郎(2022)「成長の臨界 『飽和資本主義』はどこへ向かうのか」(慶應義塾大学出版会)
濱口桂一郎(2021)「ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転機」(岩波新書)

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」に掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。

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4164650 0 経済・雇用 2023/05/22 17:46:00 2023/05/22 17:50:02 2023/05/22 17:50:02 https://www.yomiuri.co.jp/media/2023/05/20230511-OYT8I50072-T.jpg?type=thumbnail
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